不穏度
30(100を満点として)
言われてみると阿部サダヲの黒目、怖いよね
基本情報
公開:2022年
監督:白石和彌(他監督作品「凶悪」「孤狼の血」)
脚本:高田亮
キャスト:阿部サダヲ(榛村大和【はいむらやまと】)岡田健史(筧井雅也)金山一輝(岩田剛典)宮﨑優(加納灯里)
上映時間:129分
あらすじ
<以下、公式サイトより引用>
ある大学生・雅也のもとに届いた一通の手紙。それは世間を震撼させた稀代の連続殺人鬼・榛村からだった。「罪は認めるが、最後の事件は冤罪だ。犯人が他にいることを証明してほしい」。過去に地元のパン屋で店主をしていた頃には信頼を寄せていた榛村の願いを聞き入れ、 事件を独自に調べ始めた雅也。しかし、そこには想像を超える残酷な事件の真相があった―。
評価
公開当時「阿部サダヲがとにかく怖い!」と話題になってたんで、どんな恐怖を観せてくれんのかしらとドキワクして観たんですが、ワタシ的評価は「期待したほどではない」というもの。怖さ、胸糞度、事実が分かった時の衝撃度など、比較するのもナンですが、石川慶監督の「愚行録」に比べたらだいぶ緩い。(逆に「死刑にいたる病」が物足りなかった方には「愚行録」おすすめします!そのうち感想書きます)
とはいえこれも期待が先行してしまったからであって、そうでなかったら悪くない作品だと思います。それとこういったダークな作品で興行収入11億円を売り上げたのは凄く、ヒットした理由もよくわかるんですよね。ではざっくり感想、良かった点といまいちだった点、そしてキモになる人物「加納灯里」についての考察、さらに思い出してしまった実際にあった胸糞事件についてもざくざく書いてみます。
感想
良かった点
面会シーンが面白怖い!
「拘置所(or刑務所)にいる知能犯が外の人間を心理的に操って物語をすすめる」という映画、「羊たちの沈黙」が最初だと思うんですが、どうなんでしょう?
ここで「羊たちの沈黙」の話を少し。レクター博士は拘置所とは思えない広い特別室におり、ヒロインのクラリスはガラス越しにレクター博士と対峙します。立って見下ろすレクター博士と椅子に座って不安げに見上げるクラリス。あるいはじっとカメラを見据えるレクター博士に対し不安げなクラリスの顔はうっすらとガラスに映る…、などなど拘置所での二人だけの対面シーンは人間性や関係性が「視覚的に分かる」ように様々な工夫がされて見応えたっぷりでした。
では「死刑にいたる病」の場合はといえば、日本の拘置所の面会室はおそらく4畳半ほどの狭さですしお互い座るのがデフォルトでしょうから制約がかなり多い。それでも同作はこの面会シーンがとても面白いのです。対峙するのは連続殺人鬼の榛村(阿部サダヲ)と、彼に手紙で呼び出された大学生筧井雅也(岡田健史)。榛村側から撮っているカットもあれば筧井側からのカットもある。榛村側からのカット、つまり画面正面に筧井がいる時、アクリル板に映った榛村の姿がたぶって見えます。「肩が二重に見えるな」と思うと、それがアクリルに映った榛村のことだと分かる。もうこの時点で「この写り込みがピタッと重なった時、ヤバいことになるぞ」という予感をさせてくれるんですよ。案の定、筧井は人当たりの良い榛村にシンパシーを抱いていきます。いやいや24人殺してんですよ?!あかんて。また、実に自然にアクリル板を隔てた2人の手が触れ合ったり、榛村が筧井の身体に触れるシーンもあります。もちろんこれは心理的な接触を表現したもので実際には触れていません。閉鎖された暗い空間を利用した映像ならではの表現で、こういうのもドキッとしますね。
そういえば白石監督は「凶悪」でも拘置所の面会室を描いていました。この時の死刑囚・ピエール瀧VS記者・山田孝之も怖かったですね〜
筧井の心理に滲む「Z世代感」
さきほど「筧井は人当たりの良い榛村にシンパシーを抱いていく」と書きましたが、実際はシンパシーどころではなく「榛村が本当の父親だったらいいのに」とまで考えます。この心理が今どきっぽいなと思いまして。権威主義的な父親に半ば強制され進学高校に入ったもののついていけず、東京のFラン大学に通う筧井。本当の父親は彼を肯定してくれません。それに対し「やっぱり君は凄いね」ととことん褒めてくれる榛村。さらに「死刑囚の息子かも知れない」というのも筧井にとってはステイタス。のめり込めるほど熱中できるものもなく得意分野もない「何者でもない」筧井にだって承認欲求はあります。そんな時に舞い降りてきた「死刑囚の息子」という燦然と輝くバッジ。悪名でもいいから欲しいという迷惑系やら「夢ないの?」という質問に押しつぶされるZ世代感を感じるのはワタシだけでしょうか…?(Z世代のことよう知らんけど)
伸びしろありそうな榛村というキャラクター
稀代の殺人鬼榛村大和というキャラクター、続編が作れそうで、そのへんがうまいなあ、と思いまして。ヒットしたのもこの人物の線の太さだと思うんです。原作では榛村のバックボーンが詳しく書かれているようですが、映画ではあまり明かされない謎の人物。そこを明かすだけでも面白そう。また、作中で榛村は筧井や金山以外にも「目をつけた子供」に手紙を送りつけています。ということは、まだ多くの子供たちが密かに榛村の影響下にいてもおかしくない…。そんな広がりを感じさせる終わり方をしています。いや〜、ありますね、伸びしろ。「羊たちの沈黙」同様のシリーズ化を意識していると思います、こういう発想良いですね。
いまいちだった点
えっと、金山氏(岩田剛典)の目立ちすぎる痣と長髪、それからいやに顔がツルッとしている若き日の榛村。笑わせるつもりじゃないですよね?!ってくらい冗談っぽく見えました。正直、白石和彌監督作品て、時々こういう「ハテナ?」なシーンがあって、どうなんだ…と思ってしまいます。
あれ?でもまとめてみると「いまいちな点」は、ここだけですね。重すぎずちょいダークでちょいグロくて配信で見るのに「ちょうどいい」クライム作品のような気がします。
考察・加納灯里は何者なのか?
以下ラストのネタバレあり!
加納灯里は筧井と同郷の女子。お互い同じ大学に通っていたことを知らなかったのですがキャンパスでバッタリ出会いその後恋人関係になります。その灯里が突如、怪我で出血した筧井の手をベロンと舐めるという奇態を演じ、最後は実は筧井と同じように榛村からの手紙を受け取っていたことが分かります。ラスト、彼女は「爪、綺麗だね」と褒めた筧井に「剥がしたくなる?」「私は分かるな、好きな人の一部を持ってたい気持ち」「彼(榛村)も雅也くん(筧井)なら分かってくれるって。」というぞわわわわ〜なセリフを吐きます。さて灯里は、一体何者なのか?ネット上では「榛村から逃げた唯一の子」という考察も見かけましたが、ワタシはこれは違うと思います。なぜなら筧井は弁護士事務所で得た資料を元に榛村の事件を追っているからです。(写真は公式サイトから)
情報源が新聞や雑誌だったら未成年で生存している被害者の顔写真や名前は控えると思いますが、出典は弁護士事務所のもの。灯里が「逃げた子」ならば筧井は資料集めの段階で気づいたでしょう。
ワタシは、「中学の時は暗い子で…」と言っていた彼女もまた榛村にコンプレックスを刺激され取り込まれた「もう一人の筧井」でしかないと思います。ただ違うのは彼女には、榛村に近い性癖があったこと。たくさんの子供達に手紙を送り、たまたまヒットした子を自分の後継者にする…これは獄中の榛村の娯楽です。ヒットしちゃった子が意外に多ければ榛村の死後バトルロワイヤルが起きるかも知れません。榛村は地獄で手を叩いて喜びそうですね。殺人の行為自体は裁けても「殺人を伝播させる行為」を裁くことはできない…恐ろしいことです。
それと灯里の正体を「例の一件の冤罪事件の真犯人」と推理している人も多く、ワタシは思いもよらなかったので「へええ〜」とびっくりしました。同じシーンを見ていても、違うことを感じる…映画って本当に面白いですね〜。
北九州監禁連続殺人事件のMのこと
面会のたびに徐々に取り込まれていく筧井。演じる岡田健史の表情の変化とても上手いです。さらにワンシーンのみですが、刑務官もまた榛村に取り込まれていることがわかるやりとりがあります。そんな同作を観て思い出したのが北九州監禁連続殺人事件の主犯Mのこと。何度も面会をした元事件記者のベテランライターすら「腰の低い明るい人物で、彼の言う『自分は冤罪』という言葉に引きずられそうになった」と言っています。…こういう人間に出会ってしまうことが人生で一番怖いことかも知れません。(同作のモデルではないと思いますが)
文春の連載を貼っておきます。映画を超える胸糞なので自己責任でどうぞ…
「死刑にいたる病」はアマゾンプライムビデオで観られます〜
原作は櫛木理宇さん。2012年『ホーンテッド・キャンパス』で第19回日本ホラー小説大賞・読者賞を受賞しています。榛村をはじめ、虐待された子ばかりが登場して映画より陰惨だとか…。
当ブログではなぜかかなりダークで重めで胸糞悪い作品がよく読まれています。アクセス数の高いレビュー「さがす」「蛇の道」「殺人の追憶」もどうぞ。
「さがす」。「死刑にいたる病」と同じくPG12。こんなのお子さまと一緒に観てええんか〜っていうアレな描写が盛りだくさん。胸糞度はこちらのほうが高いです。
「蛇の道」は脚本がホラーの巨匠高橋洋、監督は黒沢清。哀川翔と香川照之という取り合わせ。Vシネなのにアートっぽい。
「殺人の追憶」はアカデミー賞監督ポン・ジュノ作品。韓国で実際にあった猟奇事件をモデルにした作品。やりきれない気分になります。
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