映画ごときで人生は変わらない

映画大好き中年主婦KYOROKOの感想と考察が入り混じるレビュー。うっすらネタバレあり。週1〜2回更新中!

【悪は存在しない】評価と感想・解釈/裏方を「主演」にした意味とは?!

基本情報

公開年:2024年

監督&脚本:濱口竜介

キャスト:大美賀均(巧)西川玲(花)小坂竜士(高橋)渋谷采郁(薫)

上映時間:106分

あらすじ

<以下公式サイトより引用>

長野県、水挽町(みずびきちょう)。自然が豊かな高原に位置し、東京からも近く、移住者は増加傾向でごく緩やかに発展している。代々そこで暮らす巧(大美賀均)とその娘・花(西川玲)の暮らしは、水を汲み、薪を割るような、自然に囲まれた慎ましいものだ。しかしある日、彼らの住む近くにグランピング場を作る計画が持ち上がる。コロナ禍のあおりを受けた芸能事務所が政府からの補助金を得て計画したものだったが、森の環境や町の水源を汚しかねないずさんな計画に町内は動揺し、その余波は巧たちの生活にも及んでいく。

評価

東京の西の果てからドア・ツー・ドアで2時間かけてル・シネマ 渋谷宮下(Bunkamura ル・シネマ)まで出かけて観てきましたよ!濱口竜介監督のヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞(審査員賞)作「悪は存在しない」。中盤まであまりの話の進まなさに「これは環境ビデオかな?」と思いましたが、終盤近くに急旋回、えっ?えっ?…え?と思っているうちに劇場が明るくなるという衝撃作でした。素晴らしいです!その急旋回が!エンドロールがあと30秒長ければ確実に暗闇の中で突っ伏して泣いてましたよ!「驚きと感動は似ている」というのは19歳の時にある映画を観て知ったことですが、久々にその感覚を思い出しました。気になっている方、ぜひ映画館で観ることをおすすめします!(前半で離脱しないために!)

ではともかく今書けるだけの感想と勝手な解釈を。

感想と解釈

主演の巧(たくみ)はなぜ「棒」演技で良いのか?!

テレビドラマやエンタメ作品を普段観慣れている方が初めて濱口監督作品に触れると困惑することでしょう、役者の「棒演技」っぷりに。演技経験のない4人を主役にすえた「ハッピーアワー」しかり、「寝ても覚めても」の東出昌大しかり、「ドライブ・マイ・カー」の西島秀俊しかり。なぜ彼ら彼女らは抑揚なくセリフを喋るのか?「ドライブ・マイ・カー」の中でその手法が示されていましたが、濱口演出は本読みの際「感情を排除してセリフを読む」練習を徹底して行うそうです。そして実際カメラの前に立った際に「出てきた感情」があればそれに従え、と。こうしてあの抑揚のない台詞回しが生まれるのだそうな。なぜこんな方法を取るのでしょう?普通のお芝居と逆な感じしますよね?

今、多くの作品で用いられているストラスバーグ的メソッド(って言うんでしょうか?!)って「まず感情が先にあってその次に行動がある」という考えです。ええ分かります、はっきりした喜怒哀楽を感じた場合はそうなりますね。贔屓の野球選手が逆転ホームランを打った!やったあ!嬉しい!だからガッツポーツをしたり「…っしゃあ!!」と叫ぶ。

でもですよ?私たちの日常ってそうじゃない時間帯の方が多くないですか?「行動してから感情がついてくる」あるいは「なんも感情を伴わない行動」がほとんどなのではないしょうか?例えば「お風呂に入って頭と体を洗う」なんて「行動」としてはかなりアクティブなことをしてますがなんも感情動いてなくないすか?!濱口メソッドはその「いつもの」ヒトの状態をカメラに収めようとして生まれたものだと思います(たぶん)。人生におけるドラマチックな出来事は「いつもの」状態から生まれるからです(たぶん)。

ま、どっちの芝居が良いと思うかは完全に好き好きだと思いますけどね、ハイ。

…と、前置きが長くなりましたが、今作の主演である大美賀均(巧)氏の「棒」っぷりはその濱口作品の中でも他の追随を許さない凄さです。それもそのはず、この方、自身で監督もされる映画制作の裏方。今作では車両、つまりドライバーを担当していた方なのです。なんだろう、東出昌大や西島秀俊らプロの役者が棒になるとのは訳が違う浮き方をしています。そして共演者たちはみな上手。大袈裟でなく自然な演技をしている。このコントラストを見ているとだんだん不思議なことが起きてきます。巧が「人間界に来て間もないヒト」ように見えるんですよ。木々のこと、水のこと、共存する動物のこと、この土地のことをなんでも知っていて、森の小さな家に娘と2人で暮らす。いやアンタ精霊か?と。演技未経験者だからこそのたどたどしさが巧という人物に謎と深みを与えているのです。巧の棒には理由があるのですよ!

全ては繋がっている

「これは、君の話になる−―」というキャッチコピー、見終わった後素晴らしいなと思いましたよ、その通りじゃん!と。

映画の中で描かれるのは長野県の水が綺麗な小さな町にグランピング場を作る計画が持ち上がる、というストーリーです。しかもその計画を立てたのは東京の芸能事務所。コロナ禍での補助金狙いビジネスです。

高速道路で繋がる自然と都会。第一次産業と虚業。対立構造にしてしまえば物語としては簡単でしょうが、そうはならない。芸能事務所の担当者にも当たり前の人の心があるからです。水が高いところから低いところに流れ、また天に昇って落ちる。このサークルの中で生きる私たちはどこかで全て繋がっている…。冒頭とラストで空を見上げるカメラ。私たち観客も、主人公たちと共にメビウスの輪の中を一歩また一歩と歩き続けているように感じるのです…。

んで急旋回する衝撃のラストもワタシなりの解釈をしましたが、さすがにネタバレになるので書けません。気になる方はぜひ観て下さい!

最後に。幸運なことに終了後のトークショーも観ることができました。登壇したのは、大美賀均さん、西川玲さん、小坂竜士さん、渋谷采郁さんと濱口監督。「『人柄の良い人』という基準でチームを作っている」という監督の言葉が印象的。映像業界、横暴な人が多かったけど今は昔、だよなあ。

人生変わった度

★★★★★★

「ハッピーアワー」の役者さんたち、多かった!お好きな方はぜひ!

公式サイト貼っておきます〜。

aku.incline.life

↓参考に読み返した本です。(雑な解釈をしていて申し訳ないです。)濱口作品はなぜ棒読みなのか?なぜ素人を使うのか?など、疑問を感じた方はぜひ読んでみて下さい。