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【こちらあみ子】評価と感想(ちょいネタバレあり!)/原作は「歯無し文学」?!あの空気感を完全映画化!

 

不穏度

60(100を満点として)

あみ子は誰の中にもいるのです

基本情報

公開年:2022年

監督&脚本:森井勇佑

キャスト:大沢一菜(あみ子)井浦新(お父さん・哲郎)尾野真千子(お母さん・さゆり)奥村天晴(考太・兄)大関悠士(のり君)

上映時間:104分

あらすじ

<以下、アマプラ紹介文より引用>

あみ子はちょっと風変わりな女の子。優しいお父さん、いっしょに登下校して くれるお兄ちゃん、書道教室の先生でお腹には赤ちゃんがいるお母さん、憧れの同級生のり君、たくさんの人に見守られながら元気いっぱいに過ごしてい た。だが、彼女のあまりに純粋無垢な行動は、周囲の人たちを否応なく変え ていくことになる。誕生日にもらった電池切れのトランシーバーに話しかけるあみ子。「応答せよ、応答せよ。こちらあみ子」――。

評価

異才・今村夏子のデビュー小説にして衝撃作「こちらあみ子」。行間に流れるあの異様な空気感を映像化できるんだろうか…?ワタシにしては珍しく原作を先に読んでいたので心配していましたが、見事に表現されていました。面白かった!

キモはなんと言ってもオーディションで選ばれたというあみ子役の大沢一菜さんでしょう。すげえな。思ってたとおりのあみ子。いや、思ってた以上にヘンでパワフルで明るいあみ子。原作を読んだ時のなんとも言えない後味の悪さというかザワつき観は薄まったけれど、残念な気持ちにはなりませんでした。逆にあの嫌な気持ちを吹き飛ばしてくれる新しいあみ子に会えたよ!!嬉しいよ!!…って感じです。

では以下、原作の話もガッツリしつつ映画の感想です〜(注!ちょいネタバレありです!!)

小説「こちらあみ子」の衝撃

「むらさきのスカートの女」で芥川賞を受賞した今村夏子さん。「こちらあみ子」はその今村さんのデビュー作にして太宰治賞&三島由紀夫賞をW受賞した衝撃作です。帯のアツすぎる煽り文句のせいで「はいはい、衝撃作ね〜」くらいに思って読み始めたら、これがまあ本当にびっくりしまして。多くのレビュワーさんが書いていますが、まさに今までに経験のない読後感なのです。

ちなみに「こちらあみ子」の文庫本には「ピクニック」という短編も収められています。そう、映画「花束みたいな恋をした」の中で2人が「『ピクニック』読んで心がざわつかない人とは分かり合えないよね」とかなんとか言うアレです。そして「こちらあみ子」も「ピクニック」同様、何コレ…って感じに気持ちがザワザワする。このザワザワがなんなのかちょっと考えてみました。

突然ですが、ワタクシ「水曜日のダウンタウン」を毎週楽しみにしています。他では考えられない、コンプライアンスギリギリの企画が面白いからです。

少し前、まさにそんなギリギリを攻める「歯がない人たち運動会」という企画がありました。芸人が街に出て「歯がない」人(主に目立つ前歯。ほとんどがおじさん)をスカウトし、運動会を開催。歯の本数が少なければ少ないほど有利というルール。タイトル聞いただけで「大丈夫かよ、コレ…」ってザワっとしますやね。

何故なんでしょう?

これが例えば「タトゥーだらけの運動会」だとしたら、これももちろんザワっとするけど、「歯がない人」と聞いた時のザワつきとは違う。これは、タトゥーは「確固たる自分の意思で」やっているのに対し、「歯がない人」は「なんか知らんが歯が無くなってしまったが、入れ歯や差し歯にしようという意思を持たない(あるいはお金がない=そこにお金をかけようと思わない)」流されるままに生きている人のように思えるからです。

この2者は正反対ですね。

そして一般視聴者が共感するのはどちらか?おそらく自らの意思で行動するタトゥーのほうでしょう。歯に限らず、自身の体のメンテナンスにあまりに無頓着な人は異様に見えます。

歯がある、あるいは歯がなくなったら歯医者に行って何かしらの処置をして見栄えも食生活も「キチンと」している多くの視聴者は、歯がない人を「自分とは異なる向こう側の人」と思うからこそ、「これ笑っていいんかいな?これを笑うことは『あちら側の人を笑い物にすること』なんじゃないか…?」とザワっとするわけです。

さて、話を「こちらあみ子」に戻すと、あみ子もまた「歯のない人」です。小説では冒頭とエンディングに「15歳のあみ子」が出てきます。

冒頭、あみ子は畑の脇に咲くすみれを取りに行きます。友達のさきちゃんにあげるため。このくだりにおかしな点は何もありません。

しかし読み進めていくと、さきちゃんは小学生であること、あみ子には前歯が3本ないことが分かります。このブロックではあみ子の行動、心情、台詞もすべて地の文に書かれています。

ここで読者はあみ子が「ふつうの子」ではないことに気がつきます。小学生を「友達」という15歳。洗面所の鏡を小一時間占領して髪を気にしててもいい年頃なのに、前歯がないことを恥ずかしくすら思っていない15歳。どうやら「向こう側の人」だぞ…?と。

小説は、こんなあみ子が15歳までどんな人生を送ってきたか?を紐解いていきます。

主人公が「ふつうの子」ではない、というところでまずザワっさせられて、さらに読み進めていくと次に「いやいや、あみ子は極端だけど小学生の時似たような子いたし、なんなら自分もそうだったぞ?!」ってところでまたザワっとする。(もしかしたら現代はあみ子のような子と机を並べる事はないのかも知れませんが…)

自分と変わらないはずのこの子が徐々に「ふつうじゃない」15歳になっていく。

あみ子は悪い子ではないし、周囲にだって悪人はいません。でもあみ子には何かしらの障害がありそうです。(今なら病名がつくでしょう。時代背景ははっきり書いてありませんがおそらく90年代〜00年前後だと思われます)そして適切に導いてあげる人がいない。

なんともやるせない気持ちになったと思うと、最後はあみ子がさらに「悪化」したような描写。こうして嫌な後味を残してお話は終わります。

長くなりましたが、原作はこんな感じ。では映画のほうはというと…

映画「こちらあみ子」にある希望の光

映画には「15歳のあみ子」は出てきません。小学生のあみ子から始まり、中学生生活が描かれ、やがてその問題児っぷりに匙を投げた父親によって田舎の祖母の家に預けられるところで終わります。小学生のあみ子は「ちょっとヘンな子」程度です。原作と同じです。

問題は中学生になってから。中学生のあみ子の最初のシーンがとても良い。トイレで制服姿の女子4人の膝あたりから下だけが映ります。一人の女の子の脛をかわるがわる蹴る3人。イジメです。するともう一人の女子がやって来て「ヤバいよ、その子。田中先輩の妹だよ」と声をかける。田中先輩は校内随一のヤンキーです。すると3人はマズイと思ったのか「今の忘れて」とか何とか言って去っていく。一人残った蹴られていた子はあみ子です。(校内随一のヤンキーである田中先輩はあみ子の兄です。)

そこで初めて中学の制服を着たあみ子の全身が映ります。その途端、思うわけですよ。「あ、コイツやべえ。全然成長してねえな」と。背が低いとかだけじゃなく、全体の雰囲気がまるで小学3年生なわけです。周囲が大人になる中、変わらないあみ子。知能にも遅れがあるように見えます。「自分の子供時代と同じだ」と共感したあみ子が、一緒に成長してくれない。観客も辛くなってきます。

それから、小説を読んだ時にはあまり感じませんでしたが、義母は気難しい性格をしています。あみ子とは全く気が合いません。父親も子どもに責任を持つ気がない。一人でトランシーバーに話しかけるあみ子を見ていると、適切な所につないであげる大人はいなかったんかい…と悲しくなります。

…と、この悲惨さは原作と同じですが、映画には原作にはない明るさと希望があるんです。想像のおばけたちを引き連れて行進するあみ子。最後、そのおばけたちが海上で手招きをするのですが、あみ子は手を振って「そっちにはいかない」意思を示します。父親に捨てられて、絶望してもいいはずなのに。

砂浜で足元まで海に浸かるあみ子に「まだ冷たいじゃろ」と声が飛ぶと「大丈夫じゃ!」と笑って答える顔がラストカットです。最後の言葉が「大丈夫」なのはいいですね、とても。

好きなものに真っ直ぐで純粋なあみ子は「ふつうじゃない子」なんかじゃありません。誰にとっても「子供の頃の自分」であり、かつてあった自分の一部なのです。だからあみ子が傷つくと自分も傷つく。あみ子が元気でいてくれれば嬉しい。救いのある物語として終わらせてくれた監督には感謝です。

さて、水曜日のダウンタウンの「歯のない人の運動会」。それなりの人数が集まり、紅白に別れたおっさんたちは本気で100メートルを走り、ハードルを超え、力を合わせて綱を引き、勝利を目指しました。みんな楽しそうに見えて大いに笑いましたよ。素人のおっさんがゴールデン番組で何してんねん、って。

歯のない人はただ歯がないだけです。向こう側の人でも格下の人でもありません。その姿を見て笑っていいのです。あみ子がかつての自分の一部だったように、歯のないおっさんもまた自分の一部なんですよね。

「こちらあみ子」はアマプラ会員特典で観られます〜

こちらあみ子

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ぜひ原作を読んでこのザワつきを味わって見てください。レビューを読むと人によって驚くほど感じることが違います。小説を読んで自分の感情を噛み締めてからネット上のレビューを読むと世界が広がると思います!ある意味表題作よりももっとヤバい「ピクニック」も収録。

「むらさきのスカートの女」も気持ち悪くて良かったです。ここに出てくるヤバ女もまたワタシの分身やわ、と思います。

ほとんど内容の話してませんが「花束みたいな恋をした」レビューはこちら。

kyoroko.com