基本情報
公開:2012年
監督: 山下敦弘(他監督作品:オーバーフェンス リンダリンダリンダ)
脚本:いまおかしんじ
キャスト:森山未來(北町貫多 )高良健吾(日下部正二)前田敦子(桜井康子)マキタスポーツ(高橋岩男)
上映時間:114分
あらすじ
<以下、DVD紹介文より引用>
1986年。19歳の北町貫多(森山未來)は、明日のない暮らしを送っていた。日雇い労働生活、なけなしの金はすぐに酒と風俗に消えてしまい、家賃の滞納はかさむばかり。そんな貫多が職場で、新入りの専門学生、日下部正二(高良健吾)と知り合う。中学卒業後、他人を避け、ひとりぼっちで過ごしてきた貫多にとって日下部は、初めての「友達」と呼べるかもしれない存在に。やがて、古本屋で店番をしている桜井康子(前田敦子)に一目惚れした貫多は、日下部の仲介によって、彼女とも「友達」になる。でも「友達」ってなんだろう・・・不器用に、無様に、屈折しながら、けれども何かを渇望しながら生きてきた貫多は、戸惑いながらも19歳らしい日々を送るが・・・
ぼちぼちと遊んではおりますが、連休のど真ん中、今日明日明後日はPCに張り付いて仕事です。9連休で旅行だのなんだのと浮かれているご家族連れが憎らしく、そんな皆様を暗澹たる気分にさせたろと思い、今回は「苦役列車」でも紹介するか。…すみません、久々に小説のほうを読み返しているので性格が悪くなっています。原作も映画も好きなので、双方の違いと共通点をあげてみますね。ネタバレは少々ありです。
原作との比較
違い
大きな違いは古本屋の娘、桜井康子(前田敦子)の存在です。別の北町貫多シリーズには出てくるのでしょうが、短編「苦役列車」にはそもそも「貫多が古本屋に通っている」こと自体が出てきません。映画では貫多が(もちろん一方的に)思いを寄せる彼女の存在がとても良いです。突然の頭突きには映画館で声出して笑ってしまいました。この作品で前田敦子という人に興味を持ち、他の出演作も見ましたが、良い時とそうでない時の差が大きいように思います。(監督次第ってことか?)
共通点
映画の中で大きな比重を占める「古本屋の娘」がいないのが原作ですが、共通点は意外にも「爽やかな読後感」です。原作は貫多の荒んだ生活ぶりとろくでもない性格(妬み嫉みやら女性蔑視やら肥大化した自意識やら)の描写が続き、うんざりすること請け合いなのですが、それでも妙な心地よさがある。読者に対して嘘のない北町貫多というキャラクター自身の魅力もあるでしょうが、その心地よさは落語のようなリズム感と古風な文体にあるのではないかと思います。貫多自身江戸っ子であることを誇りにしていますが、悪口で威力を発揮する凄まじい語彙力とテンポ感には、うっかりこちらも気持ちよくなってしまいますよ。まあひどい悪口なんすけどね…。
映画ではさすがにその辺は薄められていますが、ダメ人間の貫多がいよいよ机に向かって夢である小説家へ一歩を踏み出すラストに「爽やかさ」が詰まっています。
感動した!お弁当シーン
さて、原作者の西村賢太氏はこの映画について、ある媒体では罵倒し、ある媒体ではまあまあ褒めたり、などしていたようですがどれも嘘ではないと思います。よっぽどの大傑作か大駄作でなければ評価なんてそんなものでしょ。
ワタシが感動したシーンといえば冒頭のシークエンス。湾岸で人足をしている貫多が支給されたお弁当を食べるのですが、冷えた白米の塊をお箸の半分以上、指にかかるんじゃないかってくらいにドオ〜ンと乗せて食べるんですよ。このシーンを観た時「これはいい映画なんじゃないか」と思って映画館で姿勢を正してしまいました。はらぺこだったら弁当箱に口をつけて掻っこむという食べ方も考えられますが、単にはらぺこということだけでなく貫多の育ちの悪さがよく出ている食べ方です。なんでもお作法の権化、小笠原流の御師範は食事の際、箸の先数ミリしか汚さないのですってよ、奥さま!箸に乗っけられるだけ食べ物を乗っけるというのは下品の極みなわけです。小説と映画が異なるのは当然ですが、こういう「キャラクターが映像ならではの表現をする」シーンを見ると「貫多が動いている!」と嬉しくなってしまいますわ〜。実際、西村賢太氏も役者について貶すところはなかったようです。
最後におまけ話なのですが、生前の西村氏と親しくしていた玉ちゃんこと玉袋筋太郎氏の動画を見ました。「お互いの、誰にも話していない墓場まで持っていく話をした」とのこと。相当なことまでさらけ出していた私小説家の西村氏が書いたことのない「誰にもいえなかった話」って何だろう?!とゲスい興味が止まりません。それはともかく、泣ける良い動画なので興味のある方はこちらもぜひ。(20分ほどの動画です)
「苦役列車」はアマゾンプライムビデオで観られます。
原作はこちら。2011年の芥川賞受賞作。西村賢太氏は受賞後の記者会見で「そろそろ風俗に行こうかと思っていた」と言い、一躍有名に。その西村氏も2022年54歳で死去。ジジイになった貫多も見たかったなあ…残念