不穏度
85(100を満点として)
一瞬幽霊が映ってるんですって
基本情報
公開:2023年
監督:トッド・フィールド(他監督作品:イン・ザ・ベッドルーム リトルチルドレン)
脚本:トッド・フィールド
キャスト:ケイト・ブランシェット(リディア・ター)ノエミ・メルラン(フランチェスカ・レンティーニ)ニーナ・ホス(シャロン・グッドナウ)ゾフィー・カウアー(オルガ・メトキーナ)
上映時間:158分
あらすじ
<以下、allcinemaより引用 https://www.allcinema.net/cinema/384686>
女性として初めてベルリンフィルの首席指揮者に就任したリディア・ターは、類まれな才能に甘んじることなく、常に努力を重ねて現在の地位を掴み取ってきた。今や作曲家としても活躍し、自伝の出版も控える彼女だったが、新曲が思うように作れず生みの苦しみを味わうとともに、マーラーの交響曲で唯一残っていた第5番の録音が目前に迫り大きなプレッシャーにも晒されていた。そんな中、かつてターが指導した若手指揮者の自殺が明らかとなり、これを境に彼女と周囲の歯車が急速に狂い始めていくのだったが…。
※より詳しいあらすじは公式サイトに載っています。
本日観てきたばかりの「TAR/ター」。土曜の昼間だけれど大衆的な作品じゃないから両隣は空いてるっしょ…と、席でドーナツでも食べようと事前に買い込んだのですが、意外にもほぼ満員。みちみちの中、匂いを気にして食べられませんでした、ドーナツ…。ノーマークの方に説明するとTAR(ター)とは主人公の女性指揮者の名前のことです。クラシック音楽界の人々の実名もたくさん出てくるので誤解されますが実在の人物ではありません。下馬評通りの素晴らしさでワタシ的には95点というところでしょうか。以下、ネタバレなしのざっくり感想です。
感想
ケイト様だけじゃない素晴らしき役者陣
昨年度のアカデミー賞主演女優賞は惜しくも逃しましたが、高い評価を得た同作主演のケイト・ブランシェット。監督はケイト様を想定して当て書きをしたそうです。こんな役、29歳で処女王エリザベス1世を演じ、「指輪物語」で人でないモノを演じたケイト様じゃなきゃ無理っすよ。オーストラリア出身のケイト様ですが、同作のためにアメリカ英語、ドイツ語、ピアノをマスターされたのだとか。
と、当然のごとくケイト様は素晴らしいのですがパートナーのシャロンを演じるニーナ・ホース、フランチェスカを演じるノエミ・メルランも素晴らしい。えーと、この役者どこで観たんだっけ…と思っていたら「燃ゆる女の肖像」の方でした。瞳で語る人ですよね。(下にリンク貼っておきます)この2人、ターの側にいるけれどどうも彼女のことを心から信頼していない。その微妙な距離感をそれぞれ違う表現で演じているのです。
ラストシーンの解釈
「全てを失った男は〜なんちゃらかんちゃら」的なコピー、よく見かけます。ワタシもこのブログでそんな紹介文を書いたことがあるような…。やっすいですわ。(反省)「TAR/ター」で描かれるのは「人はそう簡単に全てを失うことなどできない」ということだとワタシは思いました。指揮者として自身の王国に君臨していたターは、とあることで失脚し多くを失います。人々からの羨望や尊敬、地位、仕事、そしてターが「愛」だと思っていたもの。
どのコミュニティでも下から数えた方が早いトコにいるワタクシには「偉い人」が「どうやって偉くなったのか?」というのは永遠の謎ではありますが、よくよく観察していると、日々細かく「偉く見せる工夫」をしているんですよね。そして場で人の心を掴むのが上手い。
ターもやります、こういうこと。それが実にリアルです。しかしそんな日々の努力が泡となる出来事が起こります。(まあ、自業自得なんですが)そして問題のラストにつながっていきます。「問題のラスト」というのは、実はこの作品、冒頭にスタッフロールが出るんです。これ、ラストシーンの後すぐに作品を終わらせるためだそう。「え?終わり?」とポカーンとしているうちに場内が明るくなるというわけ。このような仕掛けは事前に解説で知っていましたが、実際目にするとぽかーんというより「納得」でした。そして「人はそう簡単に全てを失うことなどできない」というワタシなりの解釈に繋がるのですが、この考えは人によって分かれそうです。「全然違うだろ!」という方がいればぜひそのご意見も聞きたいところ。
スリラーとして見ると?
公式の紹介文によればこの作品、ジャンルとしては「サイコスリラー」に入るようです。158分という長尺ながら飽きさせないのはそのホラーじみた演出にもありますね。そして同作の要素の一つに「キャンセルカルチャーへの疑問」があります。過去の自分にいつ足を掬われるか分からない、どこの誰がいつ足を引っ張るかわからない。その恐怖感をホラー的演出で表現しています。キャンセルされるのはターのような権力者だけではありません。その権力の下で生きる人々、つまり匂いを気にしてドーナツを食べられないワタシのような小市民だって当事者なのです。だから怖いのです。気になりだすと耳障りな生活音、森から聞こえる悲鳴、意味ありげな文様…。「キャンセルカルチャーのある現代」の緊張感溢れる空気を見事に映像に落とし込んでいます。
ところで、それとは別にスリラーとなると、「犯人」は誰なのか?が気になってきます。パンフレットの中になんとヒントが載っていました。うわ〜先に読めばよかった!これから見る方はぜひはじめにパンフレットを買って、町山智浩さんの寄稿文のみ、(指定のとこまで)読んでから観て下さい!ミステリーとしても楽しめるのでは?と思います。
感動!パンフレットの美しさ
そして最後にそのパンフレットのお話。トップの写真はパンフの表紙です。(もうちょっと上手に撮れたら差し替えます…)ポスターにもなっているこの構図からして素晴らしいですが、中身も充実。まず、金色を効かせたデザインで冊子としてとても美しいです。それと、ケイトとニーナそしてトッド監督の日本向けインタビューが載っていて内容も濃ゆい。これが880円で手に入るなんて!久々にパンフレットそのものに感動してしまいました。
楽譜に書かれた音符の並びが様々に解釈できるように、この映画も様々な解釈が出来ます。考えれば考えるほど面白い作品です。
そしてこちらはサントラ。映画を観た方ならジャケットを観て思わずニヤリとしてしまいますね…。「ケイト・ブランシェットがリディア・ターとしてマーラーの交響曲第5番のリハーサルを指揮している音源」というまじっすか?!なTARのコンセプトアルバム。監督曰く「映画を補完するものになっている」のだとか。
フランチェスカ役のノエミ・メルランが主演の作品「燃ゆる女の肖像」レビュー。こちらでは18世紀の画家の役。そしてこちらでも女性に恋をしています。情熱を秘めた意思の強そうな黒い瞳が魅力ですね。