不穏度
100(100を満点として)
連続猟奇殺人事件。響く低音、風、廃墟。灰色のルック。不穏しかありません。まさに人生を変える一本。
※100点をつけた殿堂入り不穏映画(暫定)まとめはこちら。
基本情報
公開年:1997年
監督&脚本:黒沢清
キャスト:高部賢一(役所広司) 間宮邦彦(萩原聖人) 佐久間真(うじきつよし)
上映時間:111分
あらすじ
<以下、Amazonプライムビデオの作品紹介文より引用>
「憎悪は催眠で覚醒する。」 一人の娼婦が惨殺された。駆けつけた刑事の高部は、犯人も動機も明確な個々の殺人事件で、胸をX字に切り裂くという手口だけが共通している事実を訝しがる。友人の心理学者の精神分析も手掛かりには繋がらない。その頃、東京近郊の海岸を彷徨っていた記憶傷害を持つ男が、ある小学校教師に助けられた。教師は男の不思議な話術に引きずり込まれ、魔がさしたように妻をX字に切り裂き、殺してしまう…
評価
マイオールタイムベスト3の一本「CURE(キュア)」。最近の言葉で言うと「人怖(ヒトコワ)」系。でもそんなヌルいもんじゃありません。もはや映画ではなく、網膜から侵入して脳髄を汚染する「電子のウイルス」。黒沢清が全盛期の呪力を注ぎ込んだ、この世で最も禍々しい最高傑作だと思っています。
初めて見たのは、TSUTAYAでレンタルが始まってすぐの頃だったと思います。役所広司と萩原聖人の演技対決、息継ぎのタイミングが図れず苦しくなる長回し、ベース音のように流れ続ける重低音、異様な存在感を示す木造の廃墟…などなど何もかもに圧倒された2時間でした。このあと、1週間くらいぼうっとしていたように思います。
観る者の精神を物理的に破壊しにくる勢いなんで、覚悟が足りない方は今すぐブラウザを閉じ、幸福な日常へ帰って下さい。いやマジで。
さて、今回久しぶりに観て(5回目くらいか?)初めて気がついたことなども含め、感想です(ネタバレあり!要注意!)
感想
呪いのごとき長回し
カットを割るタイミングって呼吸のタイミングだと思うんです。パパパッと1,2秒単位でカット割をしている映像は忙しなく過呼吸になる。逆に1カットが長いヨガの呼吸のような映像はゆったりできますが、長すぎると息苦しくなり逆に生命の危機を覚える=恐怖に繋がるのでは、と思うんですよ(いや、感覚的な話ですよ?)。
「CURE」はこの息詰まるような長回しを多用しているのが特徴。トークショーで監督自身が語ったところによれば「一つのカットの中で同じ人間が善から悪になるといった変化、そのあいまいさを撮りたかった」とのこと。考えてみれば1人称で生きている我々の人生は1カットで出来ています。いい人がずっといい人ではありません。
圧巻の「その人の変化が見える」長回しシーンがいくつかありますが、ワタシは駐在所員のでんでんが同僚を銃で撃つシーンが好きでして。(この後の取調室でのでんでんさんも凄いです!)おそらく毎朝のルーティーンであろう、駐在所のゴミ出しをしてからふと「そういえば」という感じに腰の拳銃を抜いて同僚を後ろから撃つ。お巡りさんが人殺しをするのですから客観的に見れば「善から悪に変わる」のですが、本人の中では何も変化がなさそうに見える。日常の延長戦上にある狂気。平穏な毎日がいかに薄氷の上に成り立っているかを突きつけてくるリアリティです。
響く低音
萩原聖人演じる記憶喪失の医学生、間宮。催眠療法の研究をしており、会う人会う人に「憎んでいる人を殺して喉元をXに切り裂く」という催眠をかけています。
その催眠術の掛け方は「ライターの火や、点滅する光を見せる」「水の落ちる『ポタッポタッ』のような一定のリズムの音を聴かせる」といったもの。その時に潜在意識の中に「憎いアイツをXに切り裂け」というメッセージが仕込まれるのですが、かけられた側は気づかない。しかし後に同じような光の点滅や音を聴いた時にそのメッセージが発動する、という仕組みです。
んでですね、問題は「音」のほう。
この作品「音」がものすごく怖いです。まず高部刑事(役所広司)の家の中の音。奥さんは精神的な問題を抱え病院に通っています。その奥さんはいつもカラの洗濯機を回している。帰宅した高部がする最初の仕事は洗濯機を止めることです。その洗濯機の回る音が「ゴオ…ゴオ…」という地獄の底から響くような低音。
季節は冬で、風の強い日が多い。ヒューウ、ゴオオオ…というこれも低い音。
高部と間宮が対峙する長回しの病室のシーンもコンクリと鉄筋が響かせる薄気味悪い謎の音がずっと。
それから、実は今回初めて気づいたんですが、中盤あたりに出てくる捜査会議のシーン。高部が間宮を呼んで前に座らせて、部長クラスの人間に間宮の症状を説明する。大杉漣が間宮に「あんた誰だ?」と執拗に問われます。このシーンにですね、トントントントントンという雨だれのような音が入っているんですよ。雨は降っていないし、雨漏りカットもありません。ヤダ、怖っ!もしかして観客を催眠にかけようとしてない?!この音の意味はよくわかりませんが、これから観る方はぜひ音量を上げてチェックしてみて下さい。
2026/1/9追記:高性能ヘッドフォンで聴いてみたら雨だれの音ではなさそうでした。詳しくはこちらをどうぞ。
「癒す(キュア)」という名の絶望
もう本当にあちこちが怖い映画なんですけど、何が一番怖いって、間宮が暴き出す「憎悪の対象」が、その人にとって最も身近な存在であるということ。逃げ場のない真実です。
妻、同僚、隣人。愛すべき存在であるはずの彼らは、「殺したいほど憎い対象」でもある。しかも1、2言のセリフだけで「あ、この人はアイツが憎いんだな」と分かる。それって自分にも心当たりがあるからですよね?!これに気づいた時にゾッとしましたよ。
タイトルの「CURE(キュア)」には「治す、いやす、治療する、矯正する、直す」、の他に「取り除く」という意味もあります。「俺の中にあったものが今は全部外に出ている。だから自分は空っぽだ」という間宮。魂の解放。魂の中には善もあればもちろん悪もある。その悪は混じり気のない純粋な悪です。さて、間宮は会った人たちを一体何から治したんでしょうか?そこには見てはいけない真実があるような気がします…。
ラストシーン秘話と解釈
さて。有名なラストシーン。間宮を始末した後、ファミレスで一人食事をしている高部。前回来た時はほとんど残してたのに今日は完食。体調良さそうです。そこへかかってくる一本の電話(高部の携帯)。「はい、分かった。ショカツに車回しといて」とだけ言って切ります。この電話、高部の妻が入院中の病院で殺されたという知らせなんじゃないかと思うんですけど、どうでしょう?!
理由は2つ。1つはその前に佐久間(うじきつよし演じる高部の相棒的存在の精神科医)が亡くなった知らせを電話で受けた時も同じような感情のない対応だったから。2つ目はファミレスシーンの少し前にXに喉元を切られた妻のショットが一瞬入っているからです。間宮の後継者となった高部はすでに覚醒していて病院内の誰かに妻を殺させたのではないでしょうか?
さてファミレスシーンに話を戻すと、タバコを吸う高部と1、2言やりとりをした店員が上司に注意される。その店員は画面の奥へ行き、包丁を握るとスタスタと歩いていく…この場面で映画はスパッと終わります。
うわあ〜高部さん、完璧な催眠術師じゃん!間宮が「あんた凄いね」というだけあるじゃん!
このシーンの前にも一回、高部は同ファミレスを訪れており、同じ店員が接客しています。その時催眠をかけたのでしょう。タバコに火を付けるだけで覚醒させたのです。
実はこのシーン、もともとはその後も続き、包丁を持った店員が上司を滅多刺しにするところまで撮ったそうな。説明しすぎ。カットして大正解ですよね。
いや〜、エンドロールを眺めながら「エライもん観ちまった…」と呆然としますよ!
天才的無自覚催眠術師となった高部は今も、どこかで人を「ケア」し続けているでしょう。 介護、看護、愛。それら全ての美辞麗句の裏側に、この「X」の切り口が潜んでいるのではないか…?父の介護をする今、考えてしまいます。いや、考えないようにします、怖いから。えーん…。その代わりこれからも何度でもこの映画を観ようと思います…。
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2026/1/9追記:あまりに好き過ぎて高性能ヘッドフォンで再見したら恐ろしい事実が判明した…というレビューはこちら。
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