不穏度
75(100を満点として)
ほんとうの虚無に落ちるまでの物語
基本情報
公開:1998年
監督:黒沢清(他監督作品:スパイの妻 クリーピー偽りの隣人)
脚本:黒沢清
キャスト:哀川翔(新島直巳)ダンカン(岩松)大杉漣(依田)菅田俊(日沼)
上映時間:83分
感想と解説的なもの
情熱と虚無のあいだに〜ラストの「アレ」の意味とは?!〜
前回書いた「蛇の道」の続きとなる作品です。主人公は「蛇の道」で娘を殺したヤクザに復讐を果たした新島(哀川翔)。
※「蛇の道」(1998年公開版)レビューはこちら
「殺人とはパッションである」――
誰の言葉か忘れましたが、まさにそうだと思います。法を乗り越える気合い、力仕事だし実行力も必要なので情熱がなければできませんね。「蜘蛛の瞳」では、冒頭で新島が「娘の殺人」に関わった最後の一人(寺島進)を殺して埋めます。情熱の季節はここで終わり。虚無へと向かう一人の男の物語です。あ、物語と言いましたが分かりやすいストーリーではありません。
砂を噛むような日々を過ごす新島は、ある日同級生の岩松(ダンカン)に誘われ「イワマツインターナショナル」に転職しますが、そこは殺しを請け負う会社。仕事としてバンバン人を殺す新島。暴力と日常がカットバックで描かれます。(DVDパッケージが北野武作品を彷彿とされるのもたぶんここからでしょう)これだけも十分「虚無的」ではありますが、本当の虚無は最後だとワタシは思います。仕事だとしてもコロシをしている間は熱がありますが、最後は仕事仲間も依頼主も死に、殺す相手がいなくなってしまうのです。
また同作では前作になかった新島の家庭が描かれます。娘が亡くなって6年。こじんまりとしたマンションに暮らす夫婦。妻は自宅で仕事をしています。ここで娘の幽霊が出るんです。ある日帰宅すると「幽霊が出る」と震えている妻。新島も一瞬娘の姿を観ます。そして最近片付けたばかりの娘の部屋のドアを開けると、今度は人型に見える白いシーツを被った木の杭を幻視します。実はこの不気味な白いシーツの人型、3回出てきます。
一回目は冒頭。寺島進を埋めている時、誰かに観られたような気がして振り向くとこの人型がある。そして娘の部屋で2回目。3回目は最後。埋めたはずの寺島進と道ですれ違ったため、埋めた場所に確認に行く。すると死体はない。振り返ると同じ場所にあの白い人型。最後、新島が白いシーツを剥がすとただの木杭が現れる‥。
それは復讐を果たし抜け殻になった新島の姿そのものです。作中かろうじて「人のかたち」を保っていたのが、最後、本当に空っぽになって、しかも自分で気がついちゃったのね…(辛い)
ホラーとして見ると
この作品のことを「凄まじく怖いホラー」と評したツイートを見ました。幽霊が出るのは一度だけですが、確かにとても怖いです。とくにゾッとするのが新島のマンション。家の中にいるのは妻だけなんですが、とにかくこの家、暗い。間接照明が画面の右手にポッと灯り、画面の左端は真っ暗。その真っ暗な中から新島や妻がヌッと出てきたりスッと消えたりする。食事の準備のために動いているだけなんですけど、ものすごく怖い。そして娘の幽霊も怖いですが、最後のほうの食事シーンがこれまた恐ろしい。いつものように2人で向かい合って(一見仲良く)食事をしているんですが、妻が途中で席を立つ。どうやらトイレで吐いているようです。その苦しげな音だけが聞こえる中、平然と箸を進める夫…。大切な娘を可愛い盛りに失った夫婦の6年後の姿です。泣き叫び、互いをなぐさめあい、どうにか生きてきた2人が辿り着いた場所がこれですよ…。そんで家の中では、冷蔵庫のブーン…みたいな音がずっとしてるんですよね。「CURE」で繰り返される洗濯機の音のように。「怖い」ではすまされませんが、「怖い」以上の言葉もまた浮かばないですわ。
最後に
「蛇の道」「蜘蛛の瞳」、どちらも好きです。良い作品だと思います。「うっすら怖い系のJホラーが観たい」方にはおすすめ。タイトル「蜘蛛の瞳」の意味はよくわかりません。蜘蛛は8つ、目を持っていますが単眼なので「目がいい」わけではありません。黒く輝くようなその瞳を宝石に例える愛好家もいるそうですよ。
「蜘蛛の瞳」はアマプラで観られます。
2024年版セルフリメイク版「蛇の道」レビューはこちら。面白かったけど前作は超えない…というのが正直な感想。