基本情報
公開年:2023年
監督:ヴィム・ヴェンダース
脚本:ヴィム・ヴェンダース 高崎卓馬
キャスト:役所広司(平山)田中泯(ホームレス)中野有紗(ニコ)柄本時生(タカシ)アオイヤマダ(アヤ)麻生祐未(ケイコ)石川さゆり(ママ)三浦友和(友山)
上映時間:123分
あらすじ
<以下公式サイトより引用>
東京・渋谷でトイレ清掃員として働く平山(役所広司)は、静かに淡々とした日々を生きていた。同じ時間に目覚め、同じように支度をし、同じように働いた。その毎日は同じことの繰り返しに見えるかもしれないが、同じ日は1日としてなく、男は毎日を新しい日として生きていた。その生き方は美しくすらあった。男は木々を愛していた。木々がつくる木漏れ日に目を細めた。そんな男の日々に思いがけない出来事がおきる。それが男の過去を小さく揺らした。
「〇〇のモーニングルーティーン」。一時期YouTubeで流行りましたよね、こういう動画。「〇〇」には「一人暮らしのOL」とか「シングルマザー」とか「山暮らしのおじさん」などその人の属性が入ります。当初「知らん人のルーティーンなんぞなにが面白いんじゃい」などと思っていましたが、観てみるとどの人のも面白い。そしてその人のことをちょっぴり好きになってしまう。…さて、この作品言うなれば「とあるおじさんトイレ清掃員のルーティーン」です。いや、そこらの動画と一緒にすなよと怒られそうですが、あえて言いたい。この作品は数あるYouTubeの「モーニングルーティーン」と同じくらいに面白くてちょっと笑えて「誰のどんなものであっても生活とは全て美しい」と思えて胸がぎゅっとなる作品です。
では以下、そんな映画の感想です。ネタバレはなるべくしていませんがちょこっとあるのでご注意を!
感想
「持てる人」の上から目線?!
キャッチコピーは「こんなふうに生きていけたなら」。50代のワタクシは、いやまったくその通りだと思いましたよ。日々の規則正しい労働と小さな愉しみ。60、いや65歳くらいの時にあんな生活ができていたら理想だわあ、なんて。しかし、パンフレットの中で作家の川上未映子さんが言っておられたことに、ビシャアッと冷や水をかけられました。
<以下、パンフレットから引用>
川上「持てる人たちが『平山さんの生活は静かで満たされていて美しくて素晴らしい』というのはそりゃ彼らは豊かな観察者だからそれはそう思うでしょうけれど、肉体労働をしていたり、相談できる人が誰もいないというような若い人たちがこの映画を観てどんな感想を持つのか非常に興味があります」
「平山さんは『選択的没落貴族』だとは思うんだけれども、あの暮らしの描かれ方をどう捉えるか、というのはとても難しい問題だと思います」とも。
なるほど、そんな見方もあるのだな、と思っていたらTBSラジオ「こねくと!」の火曜出演者のでか美ちゃんが感想の中で「あの(慎ましやかな)な生活がパーフェクト・デイズと言われるとそれくらいでいいでしょ、と言われているようでちょっと寂しい」的なことを言われておりました。まさに川上さんが言われた「若い方の感想」です。同番組を聴いているかぎり、でか美ちゃんは社会問題への意識の高い方のように思われます。没落していく日本の暮らしを「これがいいんだ」と言われてもどうなのよ?!…と憤るのもよくわかります。
実は同作品、企画・プロデュースは柳井康二さん。ユニクロで有名なファーストリテイリングの取締役にして世界的大金持ちの柳井正氏の次男です。その柳井康二さんがアート公共トイレ「THE TOKYO TOILET」を仕掛け、このプロジェクトのいわばPRとして生まれたのが映画「PERFECT DAYS」なのです。
なんてことを知ると上記のような感想を持たれた方の嗅覚の鋭さに脱帽です。「金持ちが考えた『清貧』」の匂いをかぎとったと言えるわけだ。しかも上記の川上さんの発言は柳井康二氏との対談の中でされたものです(!!)。
…さてさて、ここで書きたいのは「上から目線で労働者を褒め殺す金持ち許すまじ!」という話ではなくてですね…こういった感想や諸々を踏まえた上で…役所広司演じる「平山さん」は果たして本当に「選択的没落貴族」なのか?ということを考えてみました。
考察!垣間見える平山さんの危うさ
黙々と仕事をこなす無口な平山さん。話しかけても返事をしないこともしばしば。他者との交流シーンから感じるのは、平山さんが「他者との距離感の取り方が下手なコミュ障」だということ。決して「これまでの多くの経験から余計なことは言わないようにしている、酸も甘いも噛み分けた渋いおじさん」ではないようだ、ということです。それは一度だけの怒るシーンからも垣間見えます。パンフレットの役所広司氏インタビューによれば「平山さんはそれほど激しく怒らないんじゃないか」と思っていたけど、監督に「はっきりと怒りを表現して欲しい」と言われた、と。ここの表現、かなり意図的に平山さんの過去を観客に推測させようとしているように思います。あと、妹の頼みにぶんぶん首を振って拒否する頑固さとか、気持ちを寄せるママへの態度なんかにコミュ障ぶりがヒシヒシ。
ワタシは正直なところ「一歩間違えたらなんか事件起こしそうな人」と感じてしまいました。(すまん、これは「素晴らしき世界」で役所広司が演じたムショ帰りの男三上と印象が混じっているからかも…)
そんな平山さんの性格から考察すると、作中描かれる彼の生活は「自ら選んだものではなく、『たどり着いてしまった』末のもの」とも考えられます。でも同時に「そんな生活を愛おしみ丁寧に扱っている」。矛盾しているように見えますがこれ、時代や世代が違っても、お金持ちでも貧乏でもこうありたいと願うのはみな同じなのではないでしょうか。欲を言えばきりがなく理想は遠い。でも暮らしてみればそれはそれで悪くない。ならばできる範囲で自分の美意識に近づけていったほうがいいではないか…。諦めとプライドの狭間でもがきながら自分にピッタリと合う生活を見つける旅こそが人生だとすれば、平山さんの「PERFECT DAYS」はゴール目前の高揚感に満ちています。「選択的没落貴族」ではないけれどそう見えるほど完成されているのでは、と。
(追記:もちろん「生活を愛おしめる」のは彼が持っている豊かな教養のおかげなんだけどね)
まとめると
って、映画の内容をちっとも書かずよう分からん説明に長々と行数を使ってしまいました…。
さてこの映画、辛気臭いアート作品ではありません。なんつーか、ニヤニヤする感じの面白さがあります。カセットテープで聴く70年代のR&R、銭湯での一番風呂、「わかってる」古本屋さんでの買い物…。繰り返されるシーンはどれもちょびっとのユーモアがある。爆笑はしないけどニヤニヤしっぱなし。
そして同作品のキーとなるのは「木漏れ日」。美しいですよね。光と影が織りなす一瞬の芸術をできるだけ見逃したくない…なんつうことを考えるようになったのも、50歳を過ぎてからですわ。今、この年齢でこの作品に出会えたことを本当に嬉しく思います。いつかストーリーを忘れても平山さんが木漏れ日を嬉しそうに見上げる美しいシーンはきっと忘れないでしょう。
あ、できたら平山さんには春夏秋冬のモーニングルーティーンを上げて欲しいすね。寒い雪の日でもちゃんと5時半に起きるんだろね。観たいっす。
公式サイトとても良いのでぜひ!
ヴェンダース作品は「ベルリン・天使の詩」についても書きました。DVDの特典映像観て腰抜かしそうになったわ!って話です。