不穏度
70(100を満点として)
連続猟奇殺人事件と雨と。韓国ノワールの傑作です。
基本情報
公開:2004年
監督:ポン・ジュノ(パラサイト半地下の家族 母なる証明)
脚本: ポン・ジュノ シム・ソンボ
キャスト:ソン・ガンホ(パク・トゥマン)キム・レハ(チョ・ヨング)キム・サンギョン(ソ・テユン)パク・ヘイル(パク・ヒョンギュ)
上映時間:130分
あらすじ
<以下、Amazonプライムビデオの紹介文より引用>
1986年、ソウル近郊の農村で若い女性の無残な死体が発見された。その後も同じ手口の殺人事件が相次いで発生。地元の刑事パク・トゥマン、ソウル市警から派遣されたソ・テユン刑事らが事件に挑むが、性格も捜査方法も違う2人は衝突を繰り返す。捜査が難航する中、ラジオから“憂欝な手紙”という曲が流れた時に殺人が起こることが判明。リクエスト葉書からパク・ヒョンギュという青年を容疑者として割り出すのだが…。
ポン・ジュノ作品の最高傑作は「母なる証明」だと思っていますが一番好きなのはこの「殺人の追憶」でして。TSUTAYAで3〜4回は借りたと思います。「いっそ買えよ…」と自分ツッコミをしつつ。韓国映画の面白さを教えてくれた一本でもあります。
実際の事件と時代背景
同作のモデルとなった事件は「華城(ファソン)連続殺人事件」。1986年から91年の間に韓国の農村地帯で10代から70代までの10名の女性が殺されたという連続強姦殺人事件です。2006年に時効を迎えましたが2019年に真犯人が判明しました。
この作品「殺人の追憶」は2004年に公開。つまり時効前でまだ犯人が見つかってない時に作られています。
2019年に判明した真犯人とは妻の妹を暴行し殺害して服役中の男でした。決め手は再度行われたDNA鑑定。事件が起きた90年代当時も行われましたが当時はまだ新しい技術で精度も低かったのです。
また、この事件は冤罪も生んでいます。8件目の殺人事件の犯人とされ20年服役していた男性がいたのです。真犯人の自白によって釈放されたものの、彼の20年は戻ってはきません。「華城(ファソン)連続殺人事件」、真犯人は判明したもののなんとも後味の悪い結末となりました。ちなみに真犯人は獄中で「殺人の追憶」を観たそうですが、感想などは伝わってきていません。
あくまでフィクションである映画のほうは、この華城連続殺人事件解決に動く地元の刑事パク・トゥマンが主人公です。パクを演じるソン・ガンホは「パラサイト」のお父さん役でも有名ですね。韓国の役所広司かってくらいよく見る名優です。
さて当時の韓国ですが1986年はまだ軍事政権下。しかし2年後の88年にはソウルオリンピックが開催され、92年には非軍人の大統領が誕生します。まさに軍事政権最後の時代に起きた事件です。
当時の農村、夜は街頭もなく真っ暗で刑事たちものんびりしています。パク刑事とその相棒の適当さとか暴力性は「(暴力を背景に力を得た)軍事政権下だったから」という理屈も通りますが、どちらかといえば「田舎もんの粗雑さ」として描かれます。おそらくそれまでは田舎もんならではの大雑把さでなんでも解決できたのでしょう。でもそれが通用しない陰惨な事件が時代の転換期に起きてしまうのです。
ネタバレ感想・犯人は誰なのか?
ラストカットの解釈
捜査が滞る中、次々と被害者が出てしまう連続殺人事件。容疑者の一人として取り調べをした男が亡くなったり(実際、亡くなった方がいたそうです)、陰惨な殺害方法を知り、当初「ちゃちゃっと解決できるっしょ」と余裕だったパク刑事も徐々に精神的に追い詰められていきます。
最後にしょっぴいたのが、パク・ヘイル演じるパク・ヒョンギュという男。色白の優男でとてもヒト殺しには見えませんが、パク刑事は「これは絶対にクロだ」と疑う。
そして当時韓国ではまだ出来なかったDNA鑑定をアメリカの調査機関に依頼。しかし結果は「シロとは言えないがクロとも言えない」というグレーなもの。結局ヒョンギョは釈放されます。雨の中立ちすくむ刑事たちを残し真っ暗なトンネルの中に消えていくヒョンギュ…。刑事たちの無念が実にドラマチックに描かれます。
そしてラスト。先程の雨とは打って変わって気持ちの良い晴天が広がります。時代は変わりパクは刑事を辞めたようです。携帯電話で話す様子からするとセールスマンに転職したっぽい。
そしてたまたま第一の殺人が起きた現場を通りかかり、ふっと遺体のあった用水路を覗き込みます。すると少女がやってきて「同じように用水路を覗きこんでいた男がいた」と話します。さらにその男は「以前自分がここでやった事を思い出したんだ」と言ったと。パク元刑事は「現場に戻ってきた真犯人だ!!」と確信。少女に男の容姿を尋ねると答えは「普通の顔だったよ」という捉え所のないもの。そのセリフに呼応するようにパク刑事の正面顔のアップを捉えて映画は終わります。
いや〜思い出しても震えるほど痺れるラストです。
犯人に手が届きそうで届かないところで終わる。結局、映画の中でも犯人は不明なまま終わります。サスペンスとしてもいろいろ考えさせられる上になんだか胸が痛むのは、パク刑事のような感情を誰もが知っているからでしょう。
人間、長いこと生きていると無傷ではいられません。今さら解決もできない何かしらの「後ろ暗い過去」があります。パク刑事にとっては解決できなかった事件であり、刑事時代に当たり前に行っていた捏造や暴行だったり、また韓国にとっては軍事政権そのものだったりするのでしょう。
普段は封印しているその「過去」が突然目の前に現れたら…。誰しもパク元刑事のような顔をするのかも知れません。「連続殺人犯を追う刑事」という非日常的な題材を扱いつつ、誰もが心の奥底に持っている普遍的な「過去への恐れ」に落とし込む…すごい脚本だなあと思います。
カメラを見つめるパク元刑事の「普通の顔」は、それを見つめる「普通の」の観客の顔でもあるのです。夜や雨のシーンが続くダークなノワールですが最後は晴天のシーンになる。しかし最後の最後に観客はあの雨と夜の記憶に引きずり戻される。「殺人の追憶」というタイトルにピッタリな天気の使い方も見事です。
さて、現実世界ではこの連続強姦殺人事件の真犯人は2019年に判明しますが、映画の中では一体誰が真犯人だったのでしょう…?少女が言う「普通の顔」から推測すると明らかに美青年のパク・ヒョンギュは違う気がします。犯人は個人ではなく「暴力で人を支配する『軍事政権』が生んだ時代の怪物」みたいなものではないかと。そしてそれはどこにでもいる「普通の顔の人」なのではないかと。なんつって、座りの良い締めにしてみましたがどうでしょう…?
飛び蹴り刑事に韓国映画の魅力を教わる
長々と語ってしまいましたが、もう一つ。「韓国映画って面白いな〜」と思ったのが「飛び蹴り刑事」のシーンです。「飛び蹴り刑事」とはパク刑事の若い相棒ですぐに暴力をふるう実に粗暴な男のこと。こいつがですね、取り調べ中の容疑者に飛び蹴りすんですよ。もうね、ちょ、やめなさいよって思うんですが、面白い。さすがテコンドーのお国、手よりも先に足が出るのね〜!って感心してしまいました。
キックボクシングを見ると分かりますが、足技を使っていいよ、というルールでも手を出すほうが多いんです。なぜかと言えば足を使って失敗すると大惨事になるからです。振り上げた足を手で掴まれた日にはもう倒れるだけだし。
それなのにですよ?足から行くという後先考えないそのマインド。いや〜気合い入ってんな〜と思ってしまいました。そんでこの飛び蹴り刑事、最後は脚を切断することになるという悲しみ…。
事件も解決せずもやっとした気分が残る後味の悪い作品ではありますが、お好きな方には、そして人生に後悔がたくさんある人には(ワタシだよ)たまらないと思います。おすすめです。
「殺人の追憶」はAmazonプライムビデオで観られます〜
ポン・ジュノ監督置いておきます。アカデミー賞受賞作「パラサイト」はこちらから。韓国映画らしいエキセントリックな作品。
「母なる証明」も傑作です。息子は殺人犯なのか?無実を証明すべく奔走する母親だが…。オープニング、草原で母親が一人踊るシーンに刮目せよ!