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【NIMIC(ニミック】感想(ネタバレあり)と考察/果たしてそれは、テセウスの船

 

不穏度 

60

「私」なんて思ってるほどでもないよ

基本情報

公開年:2020年

監督:ヨルゴス・ランティモス

脚本:ヨルゴス・ランティモス&エフティミス・フィリップ

キャスト: マット・ディロン ダフネ・パタキア スーザン・エル

上映時間: 12分

あらすじ

<以下アマプラの紹介文より引用>

妻と3人の子供がいるチェロ奏者の男は、オーケストラのリハーサル後、地下鉄で奇妙な女と遭遇。女は男を追いかけ家に来て、男の言動を真似て家族に溶け込んでいく。次第に妻や子供たちはどちらが本物の父親か分からなくなり、女は男の家に入り込む。男の居場所は次第に失われていく...。

評価

わずか12分の作品ながら実にヨルゴス・ランティモスな不穏感溢れる一本。いつもの不協和音が全編に響いていて大変良かったです!超短編作を前にダラダラと書くのも野暮なので、以下さっくり感想と考察です!

感想&考察

「私」は代替可能なものなのか?

誰もがそんなことはありえないと思いますわね。仕事だけなら辞めても誰かがそのポストを引き継げますが、家庭での「私」、ごく身近な人にとっての「私」はこの世でたた一人のかけがえのない存在であるはずだ…。

そんな人がすがる「アイデンティティのよすが」のようなものをバッサリと切り捨てるのがヨルゴス・ランティモス監督です。「聖なる鹿殺し」でも「家族」という愛あふれて当然と思える概念をバッサリと切り、その欺瞞を白昼にさらしました。

いや〜、ここまでやられると気持ちが良い。人間というしょうもない生物に対して諦観の念が湧いてきます。

「ニミック」ではチェロ奏者である男(マット・ディロン)が電車の中で「今、何時?」と向かいの女に聞きます。女はオウム返しに「今、何時?」と聞く。女は男の後についていき、家族のいる部屋に上がり込む。男は子供たちに聞く。「どっちが本当のお父さん?」子供は言う。「わからないよ」「子供だもの」。

怖いですね〜。

そして女がこの家の「お父さん」になり、チェロ奏者になる。

行き場を無くした男は電車の中で「今、何時?」と聞いてきた若い黒人男性に答えます。「今、何時?」と。これで終わり。

え?訳がわからない?安心してください。観た人全員訳がわからないと思います!それがヨルゴス・ランティモス監督です。

その芸術性と不穏さと訳の分からなさが高く評価されているこの監督はヴェネチアで金獅子賞を受賞した「哀れなるものたち」で有名。また、ギリシャ出身だけに「聖なる鹿殺し」は「アウリスのイピゲネイア」というギリシャ神話をストーリーのベースにしています。

となると、同じくらい訳わからん本作もギリシャ神話がベースになっているのでは?と考えてしまいますわね。そこで思い出すのが「テセウスの船」。ギリシャ神話を題材にした「同一性」についての問題です。

以下wikiより引用

プルタルコスは以下のようなギリシャの伝説を挙げている。

テセウスがアテネの若者と共に(クレタ島から)帰還した船には30本の櫂があり、アテネの人々はこれをファレロンのデメトリウスの時代にも保存していた。このため、朽ちた木材は徐々に新たな木材に置き換えられていき、論理的な問題から哲学者らにとって恰好の議論の的となった。すなわち、ある者はその船はもはや同じものとは言えないとし、別の者はまだ同じものだと主張したのである。

プルタルコスは全部の部品が置き換えられたとき、その船が同じものと言えるのかという疑問を投げかけている。また、ここから派生する問題として置き換えられた古い部品を集めて何とか別の船を組み立てた場合、どちらがテセウスの船なのかという疑問が生じる。

さて。

チェロ奏者であり、美しい妻の夫であり、3人の子の父である男が、まるっと「電車の中からついてきた女」に置き換えられた。しかし職場も家庭も、当然のようにそれを受け入れている。「ニミック」の世界ではテセウスの船は同じものなのです。

あなたは耐えられますか?この世界の残酷さに。

いやあ〜ゾクゾクしますねえ〜。

この作品が気に入ったらヨルゴス・ランティモスの長編もぜひどうぞ。レビュー記事貼っておきます。

「NIMIC(ニミック)」はアマプラで観られます〜

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奇妙で不穏でお好きな方にはたまらない「聖なる鹿殺し」。謎の少年マーティンは何のメタファーなのか…?考えだすと眠れません!アウリスのイピゲネイアについても触れています。

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「ロブスター」。いや、分からなさ加減でいったらこっちの方が上ですね。パートナーがいなければ動物にされてしまう世界。何になりたいかは選べるので大概の人は犬を選ぶそうですが、主人公が選んだのはロブスター。何でやねん… 不条理の中に人間の核のようなものが見え隠れしていて、何回でも観たい作品。

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「哀れなるものたち」。ヨルゴス・ランティモス作品の中ではまだ分かりやすい。「頭はコドモ、身体はオトナ」の改造人間(エマ・ストーン)による冒険物語。

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他、未見作品もまだまだあるので、アマプラで探してみて下さい〜。