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映画大好き中年主婦KYOROKOの感想と考察が入り混じるレビュー。うっすらネタバレあり。週1〜2回更新中!

【聖なる鹿殺し】感想(ネタバレあり)と考察/不条理が炙り出すエリート家族の闇

 

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基本情報

公開年:2018年

監督:ヨルゴス・ランティモス

脚本:ヨルゴス・ランティモス  エフティミス・フィリップ

キャスト:コリン・ファレル(スティーブン)ニコール・キッドマン(アナ)バリー・コーガン(マーティン) ラフィー・キャシディ(キム)サニー・スリッチ(ボブ)アリシア・シルヴァーストーン(マーティンの母)

上映時間:121分

あらすじ

<以下公式サイトより引用>

心臓外科医スティーブンは、美しい妻と健康な二人の子供に恵まれ郊外の豪邸に暮らしていた。スティーブンには、もう一人、時どき会っている少年マーティンがいた。マーティンの父はすでに亡くなっており、スティーブンは彼に腕時計をプレゼントしたりと何かと気にかけてやっていた。しかし、マーティンを家に招き入れ家族に紹介したときから、奇妙なことが起こり始める。子供たちは突然歩けなくなり、這って移動するようになる。家族に一体何が起こったのか?そしてスティーブンはついに容赦ない究極の選択を迫られる・・・。

映画館の予告編に釣られて観たくなってしまった「哀れなるものたち」。初日に行こうと思っているんですが、(2024/1/28追記:観てきました!下にレビュー貼っておきます)不勉強この上ないことにヨルゴス・ランティモス監督作品未経験でして。ギリシャ出身というのも興味深いし、評価の高い監督らしいので観てみるかあ〜、とアマプラにある過去作品の中から最も気になっていた「聖なる鹿殺し」をチョイスしてみました。

うひゃあ〜大好きなテイスト!不穏!意味不明!なのに面白い!世界にはまだまだ本当にすごい才能があるんだなあ〜などと今更ながら思った次第です(遅いよ!)

では感想いって見ましょう〜。ネタバレは大いにしていますが、ラストは伏せています(衝撃のラストですんで、ぜひ観てみて下さい!)

感想

意味深すぎる「左側に寄る2人」

オープニングから「こりゃあ当たりだ!」とニヤニヤしてしまったくらい素晴らしい映像です。ド頭はクラシック音楽が流れるだけの黒味。突然現れる次のカットは開いた胸の中で波打つ心臓。どうやら心臓手術をしているようです。そして医師らしき人物の手が手術用手袋をゴミ箱に捨てる様子。黒ずんだ血の赤とゴミ箱の青のコントラストが美しい。続いて病院の長い長い廊下を奥から歩いてくる2人の医師。壁も床も天井も真っ白で人工的なロケーションです。カ、カッコいい!!この一連のシークエンスでノックアウトされてしまいましたわい。生々しい内臓、主人公の医師の手、清潔感溢れる病院の空間に流れるエリート医師2人の会話。いずれも後に大きな意味を持つモノが美しい色彩の中に描かれています。

さて、ストーリーを少し話ますと(ネタバレしてます!)、ゴッドハンドと呼ばれるエリート心臓外科医スティーブンには職場の外で会う謎の少年(16歳のマーティン)がいます。のちにこの少年はスティーブンが執刀した手術の最中に亡くなった男性の子供と分かるのですが、途中まで観客には2人の関係がわからない。スティーブンには2人の子供がおり年齢も近いので、「さては隠し子か?」と勘繰ってしまいます。スティーブン、マーティンに「バイク乗るならちゃんとヘルメットしろよ」なんて父親ズラしてるしさあ。何にしても「なにやら不穏なことを起こしそうな少年」という印象。演じるバリー・コーガンの凄さもあるのですが、それだけではありません。ではどこから「不穏な印象」を受けたかと考えるとなかなかゾクゾクします。

一つは2人が会うのは職場の病院でもなく自宅でもなく、他の知り合いがいない街の中だけ、ということ。そして2人だけのシーンにはものすごく不安感を煽る音楽がついています。さらにスティーブンがマーティンに高価な腕時計をあげて、感激したマーティンとハグするという一見「なんか知らんけどええ話やん」というシーンがあるのですが、ハグする2人が不自然なほど画面左に寄せられているんです。

完全に見切れるくらい左。逆打ちした次のショットもかなり左。

心理的には画面の左は不安感を煽る位置なんですってね。映像や舞台の世界では「左にいるのは悪役」というセオリーがあるそうな。…なんてこと知らなくても「なんかこっわ」と不穏を感じてゾクゾクします。さりげないカットですが凄く効いている。

仲良し一家も一枚皮を剥けば…?!

さて、話をストーリーに戻すと、外で会っていた2人ですがマーティンはいい子ですんで、調子に乗ったスティーブン、家族に紹介しちゃおうかな〜(やめときゃいいのに)、と家に招きます。マーティン、その日はそつなく「いい子」をこなすのですが、このあたりからコトがおかしくなる。セオリー通りに言えば画面左にいたマーティンは「悪役」ですけど、悪人どころではなく一家に呪いをかける呪術師(?!)だったのです。この呪いというのがですね、「自分はアンタに父親を殺された。かわりにアンタの家族を一人殺す。3人(妻と2人の子供)のうち誰か選べ。選ばなければ3人とも死ぬ」というもの。実は心臓外科医のスティーブンは酒を飲んで手術をしており、マーティンの父親はその術中に亡くなったのです。医療ミスどころやないわ、ヒト殺しやん。そりゃあ見切れるほど画面左にいるわけよ。

マーティンはなぜそれを知っていたのか(もちろんスティーブンの不始末は秘密にされている)?!そしてなぜ呪いをかけることができるのか?!まったく説明のないまま、観客は「恐ろしい呪いのある世界」に連れていかれます。ああなんという不条理!

さらにこの呪いには段階があります。いつ次の段階(もちろんだんだん酷くなる)が訪れるか分からないという恐怖を前にスティーブン一家は一体どうなってしまうのか?!…ってのが大筋の流れ。エリート医師、妻は美人、かわいい子供2人に恵まれた金持ちがまあまあエグいラストを迎える、と。

神話の不条理性

さて、このお話の元ネタとなっているのはギリシャ神話「アウリスのイピゲネイア」です。さすがギリシャの監督です。女神アルテミスの鹿を殺してしまったアガメムノーンですが、女神の怒りを沈めるには本人でなく娘を生贄に差し出さねばならない、というお話だそう。(「聖なる鹿殺し」を解説したあちこちのサイトに詳しく載っています!劇中にもセリフとして出てきます。)

神話や民話はどれも「いやいや、この話を読んでどんな気持ちになれと?」と思うものが多いのですがその代表格ですね。そしてこの映画もやはり「いやコレ、どんな気持ちになれと?」と呆然としてしまいます。ただ思ったのは家族というのは絆がどうこうっちゅう暖かいものを思い浮かべがちですが、所詮は「利益を追求する個」の集まりの一単位でしかないよな、ということ。こんな殺伐とした気分、嫌いじゃないです、ハイ。ヨルゴス・ランティモス監督の最新作「哀れなるものたち」では一体どんな気分にさせられるのかしら?!楽しみだあ〜。

(追記)考察:マーティンは実在するか?!

大切なことを書くのを忘れていました。途中からふつふつと湧いてくる「呪術を操る謎の少年、マーティンは実在するのか?」という疑問です。だってさあ「一家に呪いをかける」なんてふつうの人間には出来ないじゃん?トリックもなさそうだし。となるとマーティンの存在自体が「スティーブンの罪悪感が生んだ幻では?!」なんて思ってしまいますよね。ワタシもこの説が脳裏に浮かびましたよ。だけどよく観たら一家や関係者以外(病院の警備員やカフェの店員など)にも「視えてる」ようだし、何よりも「スティーブンのヤツ、患者の一人を死なせたからって罪悪感に苦しむようなタマじゃねえな」と思えるキャラなのが大きいです。最後まで謝らないし。

人生変わった度

★★★

仲良し家族を自認する方におすすめッ!

「聖なる鹿殺し」はアマプラ会員特典で観られます〜(2024/1/23現在)

アマゾンプライムは30日間無料体験できます。ここから申し込みに飛べます〜。

独特の世界観にうっとり!「哀れなるものたち」レビューはこちら。

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45日以内にパートナーを見つけないと別の生き物にされちゃうんだってよ…。このキテレツな物語、一体どこから思いつくんだろう…?!もう一本ギリシャの奇才ヨルゴス・ランティモス監督作品を観てみました。「ロブスター」レビューはこちら。

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