映画ごときで人生は変わらない

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【熊は、いない】感想と疑問点/熊を恐れず進むその先は

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基本情報

公開年:2023年

監督:ジャファル・パナヒ

脚本:ジャファル・パナヒ

キャスト:ジャファル・パナヒ(映画監督「パナヒ」役) ミナ・カヴァニ(ザラ)

バクティアール(バクティアール)レザ(レザ) ヴァヒド・モバセリ(ガンバル)

上映時間:107分

あらすじ

<以下公式サイトより引用>

国境付近にある小さな村からリモートで助監督レザに指示を出すパナヒ監督。偽造パスポートを使って国外逃亡しようとしている男女の姿をドキュメンタリードラマ映画として撮影していたのだ。

さらに滞在先の村では、古いしきたりにより愛し合うことが許されない恋人たちのトラブルに監督自身が巻き込まれていく。2組の愛し合う男女が迎える、想像を絶する運命とは......。

パナヒの目を通してイランの現状が浮き彫りになっていく。

不屈の人・パナヒ監督

昔、商社勤めの人にこんな話を聞きました。「色々な国に行ったけど、イランの人ほど日本人に近い人たちはいなかった。彼らは『ここは上司の顔を立てて』なんて言う。そんな発想をするのは日本人の他はイラン人だけだった。」

「熊は、いない」はイラン映画です。劇中多くのイラン人が「本音」と「建前」を使い分けているのが分かり、なるほど日本人に似てるかも!と膝を打ちました。例えば農村にやってきた映画監督パナヒ氏のことを村人は「先生」と呼びますが、本音では「アイツぜってー怪しい」と思っています。そして早々にこの本音が本人にバレるというコミカルな場面から映画は始まります。

さて、同作で監督・脚本・制作・主演をこなすジャファル・パナヒ氏はカンヌやロカルノ、ヴェネチア、ベルリン等の映画祭で華々しい受賞歴のある実力派です。しかし厳格なイスラム国家であるイラン。パナヒ監督の自国の社会問題を扱う作風が「国家の安全を脅かす」罪とされ、映画制作と出国を禁じられます。さらに自国なのに映画を上映することもできません。それでも自室で自分にカメラを回す、タクシー運転手になって車内でカメラを回すなどの工夫で政府の目をかいくぐり映画を撮り続けているという不屈の人でもあります。

「熊は、いない」はそんなパナヒ監督自信が「パナヒ監督」として出演していますが、ドキュメンタリーではありません。メタドキュメンタリーっていうんでしょうか?フィクションとノンフィクションが入り混じった複雑な構造になっています。

正直、前半ねぶたくなった場面はありましたが、最後畳みかけるように話が集約、衝撃的なラストには胸をぎゅっと掴まれました。以下、いいなあと思ったポイントを2つと、分からなかったところを紹介。上映が始まったばかりなのでネタバレなしです。

感想

カメラの前に立つ理由

映画は同時に起きる2つの話を交互にカットバックしつつ進んでいきます。そのうちの一つがパナヒ監督本人が出演するパート。パナヒ氏はイラン国境付近の農村に滞在し、お隣トルコにいる撮影隊に遠隔で指示を出しています。「出国禁止」の身なのでね。この村に「臍の緒が切れないうちに許嫁を決める」という掟があるのですが、成人した女性の方は他の男性とカップルになってしまい、許嫁の男性と揉めている。パナヒ氏はひょんなことをきっかけにそのゴタゴタに巻き込まれていきます。

パナヒ監督本人が「出役」になったきっかけは前述のように「政府に睨まれて仕方なく」という外圧によるものだと思いますが、今では別の意味もあるように思います(前作も前前作も観てないのにアレですけど)。思うに「カメラの後ろに隠れている」ことの後ろめたさに耐えられなくなったのではないしょうか。ワタシも仕事上カメラの後ろに立つことはしばしありましたが、演者の方って驚くほどこっちを見ます。カメラではなくカメラの後ろにいる人を。気持ちはわかります。だから「後ろの人たち」はわざとらしいほど大きな声で笑ったりするんですよね。そして少し後ろめたい気持ちにもなります。後ろの人たちが間違えても恥をかくのはカメラの前の人なのですから。画面に映るパナヒ氏はとても実直そうに見えます。交流のある方のパンフレット内の文章にも「内気で静かな人」という記述がありました。これまでの経歴を見ても静かな戦意を持つ人、という印象です。これはワタシの妄想に過ぎないのですが、そんなパナヒ氏は「撮ることの加害性」に傷ついており、自ら演者になることで「客体であることの痛み」を引き受けているように思うのです。もちろん皮肉にも自らの属性がもっともよくイランの問題を表してしまっている、ということもあるでしょうが。

「熊」とは一体何なのか?

さて、タイトルにも出てくる「熊」。一人で夜道を歩こうとするパナヒ監督に村人が言います。「熊が出るから危険です。私も一緒に行きます。」しかししばらくしてから今度はこう言うのです。「熊なんて出ませんよ。」と。要は夜道の一人歩きは危ないから「熊が出るよ」と言うのです。子供を脅す言葉です。映画の中で「熊」に触れているのはこのセリフだけ。さて「熊」が象徴するもの何か?…その答えは観た人に任せるとして、熊はどこにでもいるし、同時にどこにもいないものだとワタシは思います。「熊は、いない」。真っ暗で恐ろしい夜道をそう自分に言い聞かせて歩き続けよう…タイトルは監督のそんな想いが込められているように感じます。例え本当に熊に出くわして、悲劇が起きたとしても…。でも「熊は、いる」と信じている人たちのことを声高に否定もしないんですよね。誰しも怖いですから。監督だって怖い。その揺れ動く感じがとても良いな〜と思いました。

トルコには行ってもいいの?!

最後に。ここ、分からなかった部分。監督がリモートで指示を出している撮影隊はトルコで撮影してるんですよね。出演しているカップルは実在のカップルという設定。どうやら2人は監督同様、出国が禁止されており、欧州への逃亡を夢見ています。…ってことだと思ったんですけど、隣国のトルコには行けてるんですよ。ん?どゆこと?いくつものの入れ子がある複雑な構造の作品なのでワタシ何か勘違いしてますかね?ここだけがどうもひっかかっています。

人生変わった度

★★★★

熊も鬼も蛇も本当はいないのさ

公式サイト貼っときます〜

unpfilm.com

完全にフィクションですがこちらも「撮る側」が主人公の物語「由宇子の天秤」。「撮ることの加害性」など微塵も気にしてなさそうな、報道ディレクター由宇子のクズっぷりがむしろ清々しい(笑)。緊張感が続く重い作品ですがミステリー仕立てになっていて面白いです、ぜひ!

kyoroko.com