不穏度
50(100を満点として)
目を見て話されるのは怖い
基本情報
公開:2023年
監督:二ノ宮隆太郎(本作が商業映画デビュー)
脚本:二ノ宮隆太郎
キャスト:光石研(末永周平)吉本実憂(平賀南/教え子)坂井真紀(末永彰子/妻) 工藤遥(末永由真/娘)松重豊(石田啓司/幼馴染)
上映時間:96分
あらすじ
<以下、公式サイトより引用>
北九州で定時制高校の教頭を務める末永周平(光石研)。ある日、元教え子の平賀南(吉本実憂)が働く定食屋で、周平はお会計を「忘れて」しまう。記憶が薄れていく症状に見舞われ、これまでのように生きられなくなってしまったようだ。待てよ、「これまで」って、そんなに素晴らしい日々だったか? 妻の彰子(坂井真紀)との仲は冷え切り、一人娘の由真(工藤遥)は、父親よりスマホの方が楽しそうだ。旧友の石田啓司(松重豊)との時間も、ちっとも大切にしていない。新たな「これから」に踏み出すため、「これまで」の人間関係を見つめ直そうとする周平だが──。
評価と感想
すべてを忘れてしまうとしても
やたらと座席が豪華で、豪華な椅子に座り慣れていない身としては背中がもぞもぞする映画館で見てきましたよ「逃げ切れた夢」。同作、今年の「カンヌ国際映画祭のACID部門への正式出品作品」となっています。ちょいと説明しますと、
ACID部門は、監督週間と批評家週間に並ぶカンヌ映画祭の3つの並行部門のひとつであり、1993年に芸術的な作品を支援するために映画作家たちが創設した「インディペンデント映画普及協会(ACID)」が独自に立ち上げ、作品選定・運営を行っています。この30年の歴史を持つ重要な部門では毎年世界の先鋭的な9作品を紹介しており、今年は約600作の応募作品から『逃げきれた夢』が見事正式出品作のひとつとして選出されました。(中略)選定委員による『逃げきれた夢』の選定理由には「非常に深みのある作品」、「演出、そしてシーンの構築が素晴らしい。儚さを受け入れなければならないが、そこに飛び込むと、逸品が待っている。」といった本作を高く評価する言葉が挙げられました。
以上、『逃げきれた夢』カンヌ国際映画祭ACID部門 正式出品決定 | キノフィルムズより引用
600本の中の9本!そりゃすごい。ACID部門の正式出品って言われてもよくわからないけど600本の中から選ばれたわずか9本のうちの1本って言われると凄さがわかります。
実際、内容は地味ながらとても良かったです。光石研演じる高校の教頭(末永先生)は定年まであと1年という年齢で「記憶が薄れていく病気」になってしまう。ここ、病名はあいまいです。おそらく「特定の病気」ではなく、加齢による忘れっぽさとか60歳前後で迎えがちな迷いなど、誰もに訪れる人生終盤の危機ということにしたかったのではないでしょうか。
病気を告げられた末永先生、もちろんショックを受けます。しかしそれで公園を作ろうと思いたったり、散弾銃をぶっ放して今までできなかった悪の限りを尽くす…なんてことはしません。ただ、今までのことなかれ主義を少し反省し、これまでテキトーにやり過ごしてきた人間関係に真面目に向かい合おうとします。
なぜ「向い合います」じゃなくて「向かい合おうとします」かというとですね…
幼馴染とある料理屋に行くんです。女将さんとは知り合い。帰り際「また来るよ」というんですが「んも〜、そんなこと言って10年も来なかったじゃないの」と言われるんです。おそらく今回の「また来るよ」も嘘でしょう。いや、嘘じゃない。実際また来たいと思っていても心の底では「美味しいしいい店なんだけど、もより駅でもないし、誘う相手もあんまりいないし、もう来ないかもな」なんてこともわかってるんです。でも「また来るよ」と言ってしまう、末永先生はそういう人です。
人間関係に真面目に向かい合おうと家族に本音を話し、久しぶりに幼馴染を誘う。それでも「また来るよ」(もう来ないことを知っているのに)と言ってしまう。そんな人が最後に、これまた適当に言った「じゃあ今度」に「今度っていつですか?」(実際のセリフは違います)と正面切って言われ、真っ直ぐ目を見てくる人と対峙するのです。何が、というわけではないのですが、エンドロールと共に泣いちゃいましたよ。ワタシが似たように適当に生きてきた50代だからでしょうかね…。
それから音楽に曽我部恵一と流れてきましたが、ワタシの記憶が確かならばオープニングとエンディング以外ほとんど音楽はついていなかったように思います。とても静かです。ワタシやあなたの人生に都合のよいBGMがつかないと同じように、ね。
…と、映画自体の素晴らしさについては語り尽くせぬ部分も山ほどあるのですが、ここでワタシが書きたいのは「この映画、とんでもなくヤバい光石研ファンが作ってないか?」ということです。
ヤバすぎファンが贈る光石研ファンムービー
主役が光石研でこの人の目線で語られる話なので当然といえば当然ですが、ほぼ全て(9割方?)のショットに光石研が映っています。観客のほうを向いている姿も多い。末永先生は人に正面から対峙してこなかった、つまり人と対面せず、話をする時はカウンタースタイル(正面を向いたまま横の人としゃべる)なわけです。カメラはその姿を正面から捉えているので観客のほうを向かってしゃべることになる。
例えばこんな印象的なシーンがありました。朝のキッチンで妻(坂井真紀)に話をする。何気なく語るけど、夫婦にとってピリッと痛い懺悔です。光石研は観客から見て中央よりちょい右側。観客側に顔を向けています。この時坂井真紀は映らず、彼女の黄色いトレーナーだけスクリーン左端に見切れている。このまま光石研が延々と長台詞をしゃべります。こっち向いて。目線は落としてますけど。音楽もありません。なんつーか、すごい度胸やねこの監督と思いましたよ。それで映画館を出た後、何が起きるかといえば、すっかり光石研のファンになってるっていうね…。なんだこの洗脳は…。
監督が光石研を想定して当て書きしたという情報は得ていましたが、改めて公式サイトを読んでみると「映画の世界を志してから、好きな俳優という質問に、必ず光石研さんと答えていました。ものすごく人間だから、光石研さんが好きだと答えていました。」と二ノ宮監督のコメント。あ、これヤバいファンが撮ったファンムービーじゃないすか、どうりで…。
そもそも舞台の北九州市は光石氏の故郷。主人公の父親役は光石研氏の本当のお父さんだし、幼馴染役の松重豊氏は共演も多い仲間です。あと今気が付きましたが、二ノ宮監督、いつからか不明ですが光石氏と同じ事務所に入っとるやんけ…。「ミザリー」「ザ・ファン」の方向にいかなくて本当に良かったね。しゃーしぃー(北九州弁で「うるせえわ」)
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光石研といえば「恋人たち」の役はキョーレツでとても良かったです。我が家では光石氏のことを「鶏追いかけてるシャブ中」と呼んでいます!(ひどい)
そしてこちらも先生(塾講師)役。「由宇子の天秤」。悪い人にはとても見えないところが謎を掻き立てるんですよね〜。