映画ごときで人生は変わらない

映画大好き中年主婦KYOROKOの感想と考察が入り混じるレビュー。うっすらネタバレあり。週1〜2回更新中!

【オッペンハイマー】評価と感想/思ってたのとだいぶ違った!不器用な天才が味わった栄光と挫折

パンフレット

基本情報

公開年:2024年

監督&脚本:クリストファー・ノーラン

キャスト:キリアン・マーフィー(J・ロバート・オッペンハイマー)エミリー・ブラント(キャサリン・“キティ”・オッペンハイマー)ロバート・ダウニー・Jr.(ルイス・ストローズ)マット・デイモン(レズリー・グローヴス)

上映時間:180分

あらすじ

<以下公式サイトより引用>

第二次世界大戦下、アメリカで立ち上げられた極秘プロジェクト「マンハッタン計画」。これに参加した J・ロバート・オッペンハイマーは優秀な科学者たちを率いて世界で初となる原子爆弾の開発に成功する。しかし原爆が実戦で投下されると、その惨状を聞いたオッペンハイマーは深く苦悩するようになる。冷戦、赤狩り―激動の時代の波に、オッペンハイマーはのまれてゆくのだった―。世界の運命を握ったオッペンハイマーの栄光と没落、その生涯とは。今を生きる私たちに、物語は問いかける。

評価

春の嵐の中、ド田舎から電車を乗り継ぎIMAX映画館で観てきましたよ!話題の「オッペンハイマー」。オッペンハイマーという一人の天才科学者が歴史に翻弄されていく姿を描く180分、あっという間で面白かったです!です!…ですが…これ音響の素晴らしいIMAXじゃなくて家で配信で観たら途中で寝るかもしんない…という予感もしましてね…。ともかく事前の色々な情報が多すぎたせいか「思ってたのと違った!」感はすごかった!では知ってて良かった事前知識と感想です〜。

事前に入れておくべき情報とそうでない情報

ワタクシほとんど事前情報を入れずに映画を観る派なんですが同作については登場人物が多く時系列もバラバラ(なんせノーランだからな!)なため、ある程度は知っておくべきという話を聞きまして、前日に以下の2記事を読みました。実に役立ったんですよ、これが!

①公式サイトの人物紹介

②【オッペンハイマーを見る前に知って欲しい6つのこと】という記事

①のほうは公式サイトに並ぶキャストの写真をクリックすると演じる役の名前と肩書きが出てくるシンプルなもの。②のほうはストーリーの時系列が繋がっていないこと、それからモノクロパートの意味の解説が載っていて、読んでおいてよかった…と心底思いましたわい。

どちらもリンク貼っておきますね。

www.oppenheimermovie.jp

news.allabout.co.jp

さて、事前に入れておいて良かった情報は以上として逆に「知らないならわざわざ検索しちゃダメ」な情報は「バーベンハイマー騒動」「広島・長崎を描かなかったことへの批判」です。前者はワーナーの宣伝部の問題(本編には関係なし)、後者については実際に観て思った事を後述しますが、批判はそもそも同作品を観ていない人が多くしていたように思うからです。

以下ネタバレ…というかこんなシーンがありました!ということをいくつか書いているので知りたくない方はここで引き返して下さい!

感想

タイトルは「オッペンハイマーVSストローズ」がふさわしい?!

さて肝心の「思ってたのと違った!」部分がどこかといえば、マンハッタン計画〜原爆投下の戦中時代よりも、オッペンハイマーが戦後の赤狩りに巻き込まれたパートに多くの時間を割いていたことです。そこで宿敵となるのがロバート・ダウニー・Jr演じるストローズという男。オッペンハイマーとストローズの目線それぞれがカットバックで描かれます。ストローズ、もはやもう一人の主役。ちなみに「IMAXじゃなかったら寝るかも…」と思ったのは赤狩りの聴聞会、逆にストローズが吊し上げられる公聴会など「みんなが座ってる」という地味な画が多かったからです、ハイ…。

もちろん、オッペンハイマーがケンブリッジで鬱になりかかった若き日のことや、赤狩り旋風のあと名誉が回復されるところまで、一人の人間としてのその生涯もちゃんと描かれています。

いや〜、思うにこのオッペンハイマーという人、なんつうか脇が甘いんですよ。女性関係もグダグダだし、共産主義という新しい思想にワクドキしながら首突っ込んじゃうし。そんで例えば「自虐ネタで油断させて人の懐に入り込む」とか「さらっと相手に貸しを作っておく」的な政治的な技が使えない。これ頭がキレすぎる人にありがちですよね。さらに一番やっちゃいけないことをしちゃっている。それは「公衆の面前で相手を完膚なきまで叩きのめし嘲笑すること」。これやっちゃいけないって社会人の常識じゃあありません?!たとえ相手が100間違っていたとしても、いやだからこそ会議でこれやったらダメなんです。恨みを買うだけです。とくに相手が執念深く器が小さなヤツだったら忘れた頃に復讐されますよ?オッペンハイマー、案の定買いましたよ、ストローズの恨み。えらいことになりましたよ。でもこういった政治的な技を使えない人って真っ直ぐで自分の気持ちに誠実なんですよね。痛々しい…。

さて、もう一人の主役、私怨でオッペンハイマーをソ連のスパイと決めつけてその権威を失墜させたストローズってどんな人なんだろ?と調べてみたら、オッペンハイマーと同じユダヤ系でしかし父親は靴の行商人。高卒で叩き上げ投資銀行家として大儲けし、米原子力委員会の委員の一人となったらしい。

う〜む、ハーバードからケンブリッジに留学した坊ちゃん風情のオッペンハイマーとは水と油です。本当はこういう人、うまくおだてれば強い味方になるんだろうにね。

被害を描かなかったことについて

オッペンハイマーが指揮をとったロスアラモスの原爆実験「トリニティ実験」が成功したのが1945年7月16日。そもそも「ナチスより先に開発!」が目標だったのにすでにナチスは降伏しています。本当に日本に落としていいのか…その使い道にやきもきするオッペンハイマーですが、実験成功の翌日には軍から「よくやった、おつかれさん」と「お前はもう関係ない」という扱いをされます。そして広島の投下を多くのアメリカ国民同様、ラジオで知るのです。彼の視点で描かれる映画なので、アメリカにいてラジオを聴くオッペンハイマーの姿のみ見せる…というのは当然だと思います。

気になったのは別の場面。戦争は終わりおそらく原爆の被害の報告会(?)というシーン。関係者であろう聴衆を前にスライドだかフィルムだかを見せる主催者。「『縞模様の服の人は縞模様になった』と日本人は言っています」。悲惨な場面が写っているんでしょう、会場からは唸り声が聞こえます。オッペンハイマー、目を伏せます。直視できないんです。スクリーンにも映るのは目を伏せたオッペンハイマーの姿だけ。でもこのスライドは画面に写しても良かったのでは?と思いました。だって、オッペンハイマーはその後ずっと罪悪感に苛まれる人生を送るんです。とっさに目を伏せても「見えてしまった」その1シーンが頭から離れないからなんじゃないですか?それ、スクリーンで観客にも同じ体験させなくて良かったんでしょうか?…権利の関係などの問題があったのかも知れませんが、ここだけは「まー、言うてもアメリカ産映画だもんね…」と残念になりました。「見えてしまった」と言う意味ではオッペンハイマーが原爆の被害を幻視するシーンはあるのですが、恐怖感がさほどないのです…。

罪悪感の行方

アメリカでは戦争を終わらせたヒーロー「原爆の父」であるオッペンハイマーは戦後時の人となり大統領と面談。水爆製造を推進しようとする大統領に(オッペンハイマーは水爆否定派)「私の手は血に塗れたような気がします」と伝えます。すると大統領、ポケットからチーフを出してひらひらさせながら「広島や長崎の人たちは原爆を造った人間を恨むと思うかね?恨まないよ。恨むのは落とした人間、つまり政治家だ」(うろ覚え)と言います。これ「気に病むことないよ」という慰めではもちろんなくて、「科学者ふぜいが何ぬかしとるねん。お前らの仕事なんざ罪悪感を持つほどのもんでもないわい」という嫌味です。こう言われたオッペンハイマー、この時は少し罪悪感が薄れたかも知れません。

しかし拭いきれない罪悪感は地獄の使者のように蘇り再び襲ってきます。

終戦から10年あまりたった頃、赤狩りのため連日聴聞会でソ連とのつながりについて詰められます。これがストローズの陥れだと分かっていた妻は「戦うのよ!」とハッパをかけますが、なんだかシュンとして馬鹿正直に聞かれたことに答えるばかり。戦うべき時に戦うべき相手と戦えない。罪悪感のせいです。自分が罰せられればこの罪悪感が消えると思っているのですね。全てが終わった後に妻のキティが放つ言葉は強烈です。

…さて、まだ色々思うところもあるしパンフレットもまだ読んでないし、ご飯作らないとならないしなんで一旦終了。毀誉褒貶相半ばする一人の人物の光と影を描いた…という意味で「アラビアのロレンス」を思い出しましたよ。今作のように子孫もおられる人物が多数登場する伝記ものとなればプロデューサーたちの血を吐くような努力と調整があったことでしょう。その仕事ぶりにも多いに感動した一本でした。

また追記あれば書きます〜。

人生変わった度

★★★

最後「あ、ノーランっぽい…」って思いました

原作本はこちら。そうそう、映画内でも触れられていますがこの人理数系でありながら語学も堪能な上、文学や詩も好きだったんですよね。つくづく興味深い人です。

同作と同じ伝記物「アラビアのロレンス」レビュー。痺れます!

kyoroko.com