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【第三の男】感想と秘話/人間は陰こそが美しい

 

不穏度

85(100を満点として)

退廃の美。

基本情報

公開年:1949年

監督:キャロル・リード (他監督作品:オリバー!)

脚本:  グレアム・グリーン

キャスト:ジョゼフ・コットン(ホリー・マーチンス)アリダ・ヴァリ(アンナ・シュミット)   オーソン・ウェルズ(ハリー・ライム)

上映時間:105分

あらすじ

<以下アマゾンプライムビデオ紹介文より引用>

親友のハリーの招きでこの街を訪れた作家マーチンスは到着早々彼が死んだと知らされる。彼の死には第三の男が立ち会っていたというのだが...

ここんとこ忙しくて映画を観る気力がなく、昔観た作品を思い出しつつの紹介です。それにしても映画観るのも体力要るんだあ〜ってのは50歳を過ぎてから気づきましたよ!そこのお若い方!体力のある今のうちにたくさん映画を観ることをお勧めしますわよ!

さて「第三の男」ですが、なんとまあ75年も前の作品です!「七人の侍」の時にも書きましたが、「傑作」「良作」とされている古い名画って「素晴らしい」のは分かるけど本当に面白いんか?ってちょっと構えますよね?安心して下さい!「七人の侍」同様、「第三の男」もちゃんと面白いです。お話はドキドキのサスペンス。切ない恋愛要素もありまっせ。では感想、言ってみましょう〜。もう今更いいよね?ってことでネタバレしてますのでご注意を。

感想と秘話

天才が過ぎる!オーソン・ウェルズ

舞台は戦後のウィーン。戦中はナチス・ドイツに占領され、戦後は米英仏ソによる四分割統治下にあったそうで。モノクロ映像の中に浮かぶ、戦争でボロボロになり荒廃した廃墟のような街並みはゾクゾクするような美しさです。(不謹慎すみません!)

物語は、ホリーというアメリカ人作家がこの街にやってくることから始まります。友人ハリー・ライムからの「一緒にこっちで仕事しない?」というお誘いの手紙にワクドキしながらやってくる。ところが着いてみたらハリーはなんと前日、事故で亡くなったという。茫然自失のまま葬儀に出ると軍人らしき男が「ハリーは相当のワルやで」みたいなことを言う。

友人を侮辱されムッとしたホリーはハリーの恋人と共に「真相」を探ろうとします。

その中で出てくる「不安を煽る斜めの構図」が大変有名。友人の手紙を頼りに言葉も通じない知らない街にやってきたのに、その友人が突然亡くなった。そりゃあ不安ですよ。そのホリーの心理を安定感のない構図で表しています。

んで、物語の中心となるハリーはなかなか登場しません。ちなみに「第三の男」というのはハリーのこと。実は生きていたんです。

真相を探るうちにハリーは軍人の言った通り、粗悪ペニシリンの売人というトンデモな悪人だったらしい…と知ったホリー。「え〜ん、信じていた友人に裏切られた!もうアメリカに帰りたいよー」ってなったあたりでやっとハリーが出てきます。

その登場シーンのすごいこと!ハリーを演じるのはオーソン・ウェルズ。彼、顔がとっちゃん坊やなんですよね。童顔でいながら凄みもある。不思議な顔なんですけど、その顔が暗闇からヌっと出てきて、またヌっと闇に消える。このシーンの他にも地下水道に伸びる影など照明技術が際立つ同作、アカデミー撮影賞を受賞しています。表では小市民、しかし裏では粗悪薬の密売人というハリーは、正義感溢れる「表の男」ホリーに対し、「陰の男」です。その陰の男が暗闇から現れ、石畳に長い影を残してまた暗闇に消える。その影がまた美しいのです。ああシビれるったらありゃしない!!

さて、天才オーソン・ウェルズは当時34歳くらい。「市民ケーン」を撮ったのは25歳の時というから驚きだし、「第三の男」は出演のみですがすでにその経歴から「ふつうの役者」ではなかったわけです。あの有名な観覧車のシーンのハリーのセリフ、「ボルジア家支配のイタリアでの30年間は戦争、テロ、殺人、流血に満ちていたが、ミケランジェロ、ダヴィンチ、ルネサンスを生んだ。スイスの500年の平和と民主主義はいったい何をもたらした? 鳩時計だけだ」、これはもとの脚本には無く、ウェルズが作った一字一句なんだとか。どひゃ〜!天才!

あの名シーンは「男が振られる」瞬間だった

さて、ストーリーには恋愛要素も入っています。アリタ・ヴァリ演じるアンナはハリーの恋人。ハリーが亡くなった(と思われていた)後も一途にハリーを想っています。そんなアンナにホリーは惚れちゃうんですよ。美人だし。

色々あってホリーはアンナを助けてあげたり、ハリーはアンナが思ってたような善人じゃなかったってことで、アンナの心が自分に向くのでは?と期待をするんですが、そうはいかず。

ホリーがアンナに振られるシーンこそ、画面奥から女性が歩いてくる姿を延々と映したあの有名な長い長いラストのワンカットなのです。ホリーはアホですな。アンナさん、鼻っからアンタのこと眼中にないがな。ハリーが悪人だったから嫌いになるなんてことはないんです。だって「鳩時計」みたいなセリフを吐ける男ですよ?だから好きになったんですよ?恋の前に倫理観なぞ関係ありませんのよ。

あの音楽を作った!アントン・カラス秘話

さて、「第三の男」を語る上でもう一つ欠かせないのが音楽です。チターという民族楽器が奏でる音楽が全編を彩り同作を特徴づけているのですが、演奏しているアントン・カラスは音楽酒場で演奏していたところを監督にスカウトされたのだそう。

それまでのカラスはいわゆる「流しの演奏家」で、映画の世界など全く無縁。しかしウィーンを訪れた際にたまたま演奏を聞いたキャロル・リードの耳に止まり、人生が一変します。

ロンドンのスタジオに呼ばれ、半年間毎日毎日ラッシュを見せられひたすら映像に音楽をつける…もうイヤ〜!!と発狂寸前になりますが、結果この半年間がその後の彼の人生を決定づけます。

映画と音楽が世界中でヒット、破格のギャラで演奏旅行で世界を廻ったのちウィーンに帰ったカラス。しかし待っていたのは「ウィーンのヒーロー」という熱狂ではなく冷たい視線でした。

ウィーンの荒廃っぷりを描いた「第三の男」はウィーン市民にはとうてい受け入れ難い屈辱的作品だったそうです。ウィーンを悪く描いた作品で大儲けをしたという嫉妬から嫌がらせもあったのだとか。それでも「世界を廻ったけれどここほど良い街はない」とウィーンを愛し、亡くなるまでこの街で過ごしたカラス。その知られざる人生を知ると切ないものがあります。

このエピソードは本人カラスにも取材しているノンフィクション『滅びのチター師 「第三の男」』(軍司貞則著)に詳しく載っています。(下にリンク貼っておきます)同作は「チターはもう歌わない」(1984)のタイトルでNHKラジオドラマになっています。公式ではないので貼りませんが、YouTubeに落ちています。面白くてうっかり全部聞いてしまいました。

一本の映画に関わったことで人生の光と陰を知ってしまったこの人の生涯もまた、一本の映画になりそうです。「第三の男」という作品そのものもそうですが、歴史に残る音楽を作ったカラスの人生もまた、惹かれてしまうのは「陰」の部分よね…なんて思いました。

「第三の男」はアマプラで観られます〜。

第三の男(字幕版)

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古い映画はどうしても画質が気になりますが、なんと4Kデジタル修復版が出てました!こ、これは気になる…!!

こちらはノンフィクション「滅びのチター師」。カラスは1985年に亡くなっていますがその前に本人に会って取材しているようです。(出版年は95年)

上述の「七人の侍」レビューも貼っておきます〜

kyoroko.com