映画ごときで人生は変わらない 

不穏映画が大好物のアラフィフ女 感想と考察が入り混じる映画レビュー。不穏度を数値化しています

【旅と日々】感想/日常に追いつかれない速さで

基本情報

公開年:2025年

監督&脚本:三宅唱

キャスト:シム・ウンギョン(李) 堤真一(ベン造)河合優実(渚)高田万作(夏男)

佐野史郎(魚沼)

上映時間:89分

あらすじ

<以下公式サイトより引用>

強い日差しが照りつける夏の海。海岸でぼんやりと過ごしていた夏男はどこか陰のある女・渚に出会う。何を語るでもなく、なんとなく島を散策する二人。翌日、浜辺で顔を合わせた二人は、台風が近づくなか雨に打たれながら、波打つ海で泳ぐのだった......。

海で出会った二人の姿が、大学の講義室のスクリーンに映し出されている。つげ義春の漫画「海辺の叙景」を原作に脚本家の李が脚本を書いた映画を、授業の一環で上映していたのだった。上映後、李は学生から映画の感想を問われ、「私には才能がないな、と思いました」と答える。講義を終えた廊下で、李は魚沼教授と立ち話をする。浮かない顔の李に「気晴らしに旅行にでも行くといいですよ」と飄々とした口調で声をかける教授。ほどなく、魚沼教授が急逝したという知らせが届く。李は弔問のため、教授の弟の家を訪れる。あっけない最期に戸惑う李に、弟は教授の形見のフィルムカメラを半ば押しつけるように手渡す。

長いトンネルを抜けると、そこには一面の銀世界が広がっていた。無計画のまま降り立った町で、宿も見つけられずにさまよううち、李はひとつの古びた宿にたどり着く。屋根には雪が積もり、今にも崩れそうなその宿を営むのは、ものぐさな主人・べん造。暖房もなく、まともな食事も出ず、布団すら自分で敷かなければならない。ある夜、べん造は「錦鯉のいる池を見に行くか」と李を夜の雪の原へと連れ出すのだった......。

評価

良かったです!

はじめこそ「なんだこりゃ…?」と思いましたが、時間が経つにつれ引き込まれていき、これから、というところでプツッと終わる。

三宅唱監督は「夜明けのすべて」で信じられないくらい泣かされましたが、こういう映画を作りたい人だったんだなあ、と。

なんと言っても主役のシム・ウンギョンが良いですね。声がいい。コミカルな演技も上手いし。

んで、余韻に浸りつつ帰りの道すがら「旅」と「日々」は対立語なんだろうか?と考えていましたがある程度の納得できる答えが出たので、以下そんなことを書いてみます〜。

感想

「旅」と「日々」は対局にあるのか?

脚本家の「李(イ)」を演じるのはシム・ウンギョン。

初めの方に、こんな感じのモノローグがあります。「日本に来たばかりの頃は何もかもが新鮮で、その感情に言葉が追いつかなかった。でも慣れるにつれ言葉に追いつかれ、新鮮さは日常に変わっていった」(意訳)みたいな。あくまで自分の解釈ですが「日常とは言葉に追いつかれるということ」、という表現にハッとさせられました。これ、分かりますよね?!

映画だって、エンドロールが終わった直後って言葉にならない感動を抱えているものですが、こうして文字に起こした時点でもうその感動の大半は失われている。でも言葉にしないと伝わらないのでもどかしい。

そして脚本家として行き詰まっていた李は、自分を新鮮な環境に置くために旅に出る。それも行き当たりばったりの。

そこで出会った妙な宿主、ベン造との触れ合いが後半。都会では考えられないベン造との生活は充分な非日常だったはず。おそらくここで新しい感情に出会った彼女は、それを表現する言葉を探すために、宿を立つ。言葉に追いつかれる前に自ら探しに行く、それが創造活動というものなのでしょう。「旅」と「日々」は対局にありつつも一本の道で繋がっていて、一人の人間がその道を歩く姿を描いたのがこの作品なんじゃないかと思いましたよ。

最近は飲食店から映画館まで何もかも予約してから出かけないとならないですが、だからこそこういう旅、憧れます。人間には、言葉が届かない非日常を味わう時間が必要だよな〜、なんて思いました。

つげ漫画を読み直したら…?

原作はつげ義春の短編「海辺の叙景」と「ほんやら洞のべんさん」。本棚にあったので改めて読み直してみたところ、「海辺の叙景」はだいぶ雰囲気が異なります。漫画では海が暗い。日本海っぽい感じ。一方の映画では(これは劇中劇なのですが)神津島でロケをしていて、抜けるような青空が広がっている。

逆に近いなあと思ったのが河合優実さん。ビキニ姿がグラマラスで年齢不詳。つげ漫画の魅力である色気のある女性そのもの。だからこそ、この人の持つ陰と明るい海がミスマッチでどうにも不思議な感覚を覚えます。

漫画もよく分からん話ですが、劇中劇であるこの映画はもっと分けわからん。出来上がった作品を鑑賞した李は「私には才能がないんだな、と思いました」と落ち込む。このセリフに繋げるためにわざと統一感のない作りにしたんでしょうか?!その辺はよく分かりません。

李が旅に出てからのくだりは「ほんやら洞のべんさん」に。漫画での李は悩める漫画家、つまり作者自身となっています。

こちらは雰囲気かなり近い。先ほどの青い空と青い海から一転、白い雪と漆黒の闇の世界です。原作にないのは、主人公が宿を後にするラストシーン。足を取られながら深い雪を歩いていく李の後姿は、なんだか応援したくなるような悲哀と逞しさに満ちています。

あと、ワタシが間抜けなんだと思いますが、べんさん=堤真一ってエンドロールで初めて気がつきました。すごく良いです、うん。

それとこの映画、昔のテレビのサイズ…っていうんでしょうか?正方形に近い4:3比率で撮られています。そのせいか山に降る雪のシーンは美しいというより、懐かしいに近いです。

本当に観て良かった!と思える映画でしたが、配信だったら前半で寝てる気がします。興味のある方は映画館に足を運ぶことをお勧めします!公式サイト貼っておきますね〜。

www.bitters.co.jp

ワタシの本棚にあったのはこの本。原作の短編2作の他、有名な「ねじ式」「ゲンセンカン主人」なども収録。

上記のカラー版も出ているそうです。うっ!欲しい…!!

「夜明けのすべて」レビューはこちら。もうちょっと分けわからんくらい泣きましたよ!

kyoroko.com

忘れられないつげ義春関係をもう一冊。エッセイ「貧困旅行記」。

蒸発願望のある作者のいきあたりばったり旅行記。李の旅と同じね。全然楽しそうじゃありません。しかも仙人っぽい振る舞いをしている割に、他人に対する僻み嫉みが見え隠れ。旅行記なのに、なぜか生身の人間臭さがぷんぷんする不思議な作品です。好きなんだけどうまく評せないので気になる方はAmazonレビューを見てみて下さい。