不穏度
20 (100を満点として)
ホラーでもスリラーでもない文芸作品だけど、とんでもなく嫌な気分になるエピソードが多々…。
基本情報
公開年:1994年
監督:陳凱歌(チェン・カイコー)
脚本:李碧華(リー・ピクワー)/蘆葦(ルー・ウェイ)
キャスト:レスリー・チャン(程蝶衣〈チェン・ディエイー〉)チャン・フォンイー(段小楼〈ドァン・シャオロウ〉)コン・リー(菊仙〈ジューシェン〉)
上映時間:172分
あらすじ
<以下アマプラ紹介文より引用>
京劇の俳優養成所で兄弟のように互いを支え合い、厳しい稽古に耐えてきた2人の少年。成長した彼らは、程蝶衣(レスリー・チャン)と段小樓(チャン・フォンイー)として京劇の古典「覇王別姫」を演じるなど一躍スターに。女形の程蝶衣は覇王を演じる段小樓を秘かに愛していたが、娼婦の菊仙(コン・リー)と結婚してしまう。やがて彼ら3人は激動の時代に苛酷な運命に翻弄されていく…。
評価
おそらくダイジェスト版かなにかで観た文化大革命のシーンがあまりに強烈に残っているのでとっくに観たような気がしていたんですが、今回が初見でした。1993年第46回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した90年代を代表する名作です。中国・香港・台湾合作映画。
重め&暗めで長回しカットが多い作品のようなイメージがありましたが、意外にも朝ドラダイジェストのようにテンポよく話が進み、3時間があっという間!
中国の50年の近現代の歴史に主人公の3人が翻弄されていく。人間ドラマでもあり歴史ものでもありで、「風と共に去りぬ」を彷彿とさせる大河感。面白いには面白いんですが、底なしの虚しさに襲われるというか、なんかもう死んだほうがマシやないかい…というとてつもない絶望を3時間の間にちょいちょい感じます。辛いです…。若い方が観たら、人生を変える劇薬になるかも知れません。では以下、詳しめのあらすじと感想です〜。(ネタバレあり!)
感想
舞台となるのは京劇の世界。「覇王別姫」とは京劇の代表的な演目で、項羽と虞美人との悲恋を描いた戯曲。四面楚歌となった項羽は最後まで共に過ごした虞美人を逃そうとしますが、「離れるくらいなら」と虞美人は項羽の短剣で首を掻き切る。
この演目で項羽と虞美人を演じるのが小樓と蝶衣。幼い頃から厳しい養成所で共に育った仲です。
女方である蝶衣を演じるのが今は亡きレスリー・チャン。「男たちの挽歌」の子犬のようなレスリーもよかったですが、破滅につき進む女方も艶かしく、彼の代表作でもあります。
そんでまあ、そうなるわな…って感じで蝶衣は小樓を好きになる。ところが異性愛者である小樓は妻を娶る。女郎の菊仙です。三角関係になるわけで、ここから主人公が3人になります。菊仙に嫉妬する蝶衣。蝶衣の小樓への想いを知る菊仙。この2人の関係性がとても良いです。
時代は1920年代〜。清が滅亡し混乱の時代から、やがて日中戦争が始まり、終わったかと思ったら共産国になり文化大革命へ。その革命が終わる頃までを描きます。
京劇のスターである彼らの立場も変わっていく。戦争時代は日本軍のお座敷で「舞を舞わされ」、戦後それを糾弾される。文化大革命時代は「京劇」という文化そのものを否定され、それが終わると再び都合よくスター扱いされる。
この激動の時代を3人はどう生きたのか?
子供の頃は正義感が強く、いじめっ子を撃退していた小樓は、「まともな大人」になります。つまり、生き伸びるために見て見ぬふりをし、反抗しつつも最後はいい感じに時代の権力者に迎合する。嫌な言い方ですが、これがまともな大人のやり方です。
対する蝶衣は「芝居バカ」。「覇王別姫」の世界を現実と混同するくらい芝居にのめり込んでしまう彼はいつまでたっても子供です。その純粋な魂と女方ならではの美貌が災いし、性的な搾取もされる。その苦しさから逃れるためにアヘンに溺れてしまうのです。
その蝶衣をアヘン地獄から救う菊仙もまた、純粋な魂を持った女性です。小樓への愛だけに生きている。
いわば「汚れちまった大人」である小樓を、2人の純粋過ぎる男女が愛するわけです。
2人はまだ純粋だった頃の小樓に救われたことがあり、愛であると同時に「忠誠心」にも近い気持ちを抱いている。
もうほんとにね、レスリー・チャン=蝶衣の存在が切なくてですね…。彼が抱く忠誠心は小樓だけではなく「芝居」そのものにも向けられています。
日本軍の前で踊った蝶衣は、「敵国にへつらった」と戦後裁判にかけられる。周囲は「銃を突きつけられて無理やり踊らされたと言えば大丈夫だ」とアドバイスしますが、「日本の隊長は京劇を理解していた。彼が生きていれば日本に京劇が伝わったはずだ」と訴えてしまいます。芝居バカってヤツです。嘘はつけないし、本当にそう思っている。
そんなこんながあり、決別したり再会したりする3人ですが、圧巻は冒頭にも書いた文化大革命を描いたシークエンス。「総括」って言うんですか?今まで私はこんな間違ったことをしてました、反省しています!!ってのをみんなの前でやらされる。この辺についてはあまり詳しくないんでアレですけど、なんで共産主義ってこういう暴力に行き着くんですかね?映画では京劇そのものが堕落の象徴とされ、追い詰められた小樓と蝶衣は罵り合う。錯乱状態の蝶衣は菊仙が元女郎であることを大衆の前で明かす。「女郎を妻にするとはなんたるハレンチ!」と責められた小樓は「こんな女を愛しているわけがない」と言わされる。言わされる…というか、言ってしまうのが小樓の「大人としての判断」だったのです。ちょっと正視できないほど辛いシーンです。
小樓の「愛していない」という言葉を聞いた菊仙はその後自殺。愛だけに生き、愛を失って果てたのです。
そして文化大革命が終わり久々の共演を果たした小樓と蝶衣。虞美人になりきった蝶衣は最後、小樓の剣で自らの首を掻き切ります。
一人残された小樓は、生き残るべくして生き残った人です。自分の信念を貫く2人は死ぬしかなかった。
あまりに過激な中国の近現代史を背景にしていますが、「嘘をついてまで生き延びるか」「魂を守って死ぬか」の問題は「暗殺の森」の例を出すまでもなく、どんな時代にも当てはまるものです。ワタシが50代半ばまで生き延びて今この作品を観ているということは前者だからなのですが、こちら側から見た亡き者たちの純粋な魂はあまりにも繊細で美しい。レスリー・チャン自身の姿とも重なって本当に悲しくなりましたよ…。
…って、とうてい明るい気分にはなりませんが、清朝時代の亡霊である変態宦官、厳しい養成所の師匠、「息子」とも言える存在の若者など周囲の人物の役割もはっきりしており、物語としてとても優れていると思います!
「さらば、わが愛/覇王別姫」はアマプラで観られます!
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レスリー・チャンにハマったら「男たちの挽歌」もぜひ!80年代の香港映画はなんとも言えない魅力があります。
「暗殺の森」、本作と描いているモノが近いと思います。こちらも若い人には劇薬かも知んない。取り扱い注意です!
文化大革命を描いて嫌な気分にさせられる、NetflixSFドラマ「三体」。大ヒットSF小説が原作です。面白っ!