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【夜を走る】感想と考察(ネタバレあり)/大杉漣最後の企画


夜を走る [DVD]

不穏度

75(100を満点として)

孤独な男はその夜を待っている

基本情報

公開年:2022年

監督:佐向大(脚本も)

キャスト:足立智充(秋本) 玉置玲央(谷口) 菜葉菜(谷口の妻、美咲) 高橋努(本郷)

上映時間:125分

あらすじ

<夜を走る公式サイト「作品紹介」より>

郊外のスクラップ工場で働くふたりの男。

ひとりは40 歳を過ぎて独身、不器用な性格が災いして嫌味な上司から目の敵にされている秋本。

ひとりは妻子との暮らしに飽き足らず、気ままに楽しみながら要領よく世の中を渡ってきた谷口。

退屈な、それでいて平穏な毎日を過ごしてきたふたり。しかし、ある夜の出来事をきっかけに、彼らの運命は大きく揺らぎ始める……。

大杉漣最後の企画

いつものようにAmazonプライムビデオをつけて「新作何が入ったかな〜」と巡回していて発見しました。ノワールものっていうんですかね、この手のダークなインディーズ系作品大好物なのですが、去年公開のこの作品、ノーマークでした。チッ悔しい…

観たいと思った売り文句の一つが「故大杉漣氏が長年温めていた企画だった」というもの。同じ事務所だった監督の佐向大氏と「次にやろうね」と話をしていたのだとか。本来なら大杉漣初プロデュースとなるはずだった今作、制作に奥様の弘美さんの名前がありました。

んで観た感想ですが、好きな人はたまらん好きさです。ワタシは大好きです、ハイ。「ブレイキング・バッド」と並べた記事も多かったですが、コーエンブラザーズ的要素を感じましたよ。そんで最後、エンドロール出てきた時に「え、まさか?ここで終わるの?え、待て待て待て待て」と慌てたのはワタシだけではないはず。

そんなわけで以下、ネタバレしないとどうにも書けない感想と考察です。観た人しかわからない文章になっていますのでそこんとこヨロシク。

感想

前半

「前半と後半がまったく違う映画になっている」と多くの記事や感想ブログで目にしました。そうです、そうです。そうなんですけど、秋本ってもとから(前半から)相当ヤバめの人ですよね?そんで谷口は「ふつうの」人です。

40歳を超えて実家暮らしの秋本ですが、その生活ぶりはほとんど描写されません。生活感なさすぎて不気味です。スクラップ工場の営業で車で外回りをしていますが、車内では音楽もラジオも聞かずどこかの都市の天気と温度を流すチャンネルだけを延々と聞いています。(声が古舘寛治さんです。一発で分かりますな)不気味です。大人しい人なんで周りが彼の不気味さに気づいていないだけです。

一方の谷口は既婚者で子供もいますが不倫をしている。が、バレないように立ち回る、所詮はよくいる小悪人です。

この2人がある夜、流れで一人の女性をコロしてしまいます。秋本が女性をグーで殴ります。車の後部座席に倒れる女性。しかしこれでは死にませんよね?その後何が起きたのか、最後のほうまで不明のまま話が展開していきます。

男2人、スクラップ工場、結構いろいろある会社の人間関係、女の死体。さあ、ここからが後半です。

後半

問題は死体をどうするか。2人はいつも秋本をいじめている嫌な上司、本郷に押し付けます。かなり適当ないきあたりばったり作戦です。流れとしては谷口が「秋本さんのためにやってるんだよ」と言いますが、はて?確かに殴ったのは秋本ですが、倒れたのは車の座席ですよ?はて?それに対し秋本はいつものようにうんともすんとも言わずです。

そして本郷と工場の社長は突然降ってわいた女の死体を、さらに行き当たりばったりの最悪の方法で処分しようとします。(コーエン兄弟っぽくないすか?!)

そうこうするうちに警察がやってきて…。

そして面白いのが、話が「死体の処分」を中心に回るわけではないということ。後半主に描かれるのは「あの夜」を境にした秋本の変化です。秋本は会社を辞め、新興宗教に入り、会社員時代嫌々付き合っていたようにみえたフィリピンパブに借金までして通い詰め、新興宗教から追い出され、拳銃を手に入れ、亡くなった女性と同じような女装をします。

この秋本の変化は何か?

変化に見えるこのぶっ飛び方は、あの夜の罪の意識がトリガーとなって「秋本の根っこにあった部分が拡張された結果」だと思います。秋本は何も変わっていないのです。洗車のシーンで谷口がつぶやく言葉のように。

一方の小悪人、谷口は本当は変わったはずなのに「変わらない日常」を必死に演じます。嘘なんてとっくにバレているというのに。

考察・秋本はどこに行ったのか?

そしてラスト。ベランダのシーン。カメラは秋本が潜んでいたベランダに出ると空にパン→ゆっくり下に向いていきます。「あ〜、飛び降りちゃったか」って思いましたよね?!ところがところが。そこには谷口一家が車でお出かけをする様子が映し出されます。

秋本は一体どこに行ってしまったのか…。

その答えとなるような監督のインタビューを見つけました。

「本当は最後、宇宙に飛び出て地球にさよならしてるってカットにできないかなって話をしていたんですよ」

https://www.yomiuri.co.jp/culture/cinema/20220516-OYT1T50174/

そうか、そういうことか…。

秋本はたった一人でこの世界に穴を開けようとしていたんですね。

さて、ここから先はワタシの妄想です。その後2人がどうなったか。

秋本は教祖が言っていたように本当に「向こうの世界」に行ってしまったんでしょう。幻覚もあったし。女性の死体の件かあるいは拳銃の残りの弾を使うことになるのか、どこかで逮捕されるでしょう。しかし罪には問えないことになりそうです。

一方の谷口はそれを良いことに秋本に全てを押し付け、ごく普通の市民ズラをして生きていきます。(もうお分かりかと思いますが、実際に女をコロしたのは谷口です。)弱い人なので黙っていられずどこかで奥さんに本当のことを言って「墓場まで持ってけ!」と張り倒される、くらいのことはあるかも知れません。

人生という檻の中でひとりぼっちで戦い続けた秋本を思うと涙が出ます。あんたが「飛んだ世界」からは何が見える?せめてこっちより幸せであって欲しい。

もしあなたに孤独な夜があったならこの作品を思い出してみてください。万人にはおすすめできませんがきっと誰かを救う一本です。

「夜を走る」はAmazonプライムビデオで観られます。

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夜を走る

夜を走る

  • 足立智充
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